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先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~

第239話 凱旋

 会議かいぎを終えた私は、戦争せんそうの後始末あとしまつに追おわれていた。

 ここにいるのは武官ぶかんたちばかりなので、事務じむ処理しょりに長たけているものがどうしても少なくなっており、自然しぜんと私に負担ふたんがのしかかる形になっていた。

 連日れんじつの書類しょるい仕事しごとに埋まい没ぼつしていると、頼たのもしき援軍えんぐんがユキムラから送おくられてきた。再開さいかいしたばかりの列車に乗のって、ガイン自由都市の能吏のうりたちがやってきたのだ。

「初代様、領主様より伝言でんごんです」

 そう言って、官僚かんりょうの一人がユキムラからの言葉ことばを伝つたえてくれる。

「大おじい様、どうせ文官ぶんかんが足たりなくて、一人で仕事しごとを抱かかえ込こんでいるのでしょう? その責任感せきにんかんの強さは美徳びとくですが、たまには私を頼たよってくださいね。特に有能ゆうのうなものを選えりすぐって送おくりましたので、彼らに仕事しごとを引き継ついで、できるだけ早くガイン自由都市へ解放軍かいほうぐんと共ともに帰還きかんしてください。領民たちは、みんな待ち焦こがれていますよ?」

 私の行動こうどうパターンがユキムラには筒抜つつぬけである事実じじつに、私は苦笑くしょうしきりであった。それでも、その心遣こころづかいが大変にありがたく、早速さっそく、彼らに仕事しごとをどんどんと引き継ついでいった。

 それから数日が経過けいかする頃ころには引き継つぎも終わり、帰還きかん準備じゅんびを進めていた解放軍かいほうぐんの再編さいへん成せいも終わっていた。

 治安ちあん維持いじに必要ひつような最低限さいていげんの人員じんいんだけを残し、みんなで臨時りんじ列車れっしゃに乗のって次々とガイン自由都市へと帰還きかんする。

 全軍で整列せいれつするために、駅えきから降おりると、いったん都市の外の演習場えんしゅうじょうの広場へと向むかい、到着とうちゃくした部隊ぶたいから順じゅんに隊列たいれつを整ととのえる。

 解放軍かいほうぐんの面々めんめんは、一世いっせい一代いちだいの晴はれ舞台ぶたいだと、胸むねを張はって整せい列れつしている。

 もうこの時点で、市民たちの熱狂的ねっきょうてきな歓迎かんげいを受けていた。集結しゅうけつ場所ばしょの演習場えんしゅうじょうの周囲しゅういには、私たち解放軍かいほうぐんの雄姿ゆうしを一目ひとめ見みようと、多数の市民たちが押し寄よせている。

 そして、全軍の隊列たいれつが整ととのい次第しだい、進軍しんぐんラッパを高らかに吹ふき鳴ならし、ガイン自由都市へと凱旋がいせんを始める。

 周囲しゅういにはもう人、人、人といった状況じょうきょうになっている。

 みんな一様いちように笑え顔がおになっていて、紙かみ吹雪ふぶきを舞まい散ちらせている。中には生花せいかをかき集あつめた人もいるようで、本物の花びらもひらひらと舞まい踊おどっている。

 そして、進軍しんぐんの列の中心部に集あつまっている軍ぐん首脳陣しゅのうじんが見えると、歓声かんせいは最高潮さいこうちょうに達たっしていた。

「みなさん大人気だいにんきですね」

 私がそのような感想かんそうを述のべると、周囲しゅういの全員が、こいつは何を言っているのだ? という顔かおをして私の方に振ふり向むいた。

「この歓声かんせいの大部分は、あなたに向むけられたものですよ?」

 まあ、分かってはいても照てれくさいので、私は苦笑くしょうしながらごまかしておいた。

 あまり不愛想ぶあいそうにするのもどうかと思ったため、試ためしに手を振ふってみると、あちこちから黄色い歓声かんせいが上がった。

「ヒデオ将軍しょうぐんは大人気だいにんきですな。よりどりみどりですが、婚約者こんやくしゃさんが焼やきませんかな?」

 ゲイル将軍しょうぐんが、笑顔えがおでとても怖こわい発言はつげんをしている。

 私はクリスさんがこの様子ようすを眺ながめている姿すがたを想像そうぞうしてしまい、思わずブルッと震ふるえる。笑顔えがおなのに背後はいごに黒いオーラを纏まとっているクリスさんの姿すがたが、ありありと浮うかんでくる。

「やめてください。くれぐれも、クリスさんには内緒ないしょでお願ねがいします」

 私が戦々恐々せんせんきょうきょうとしながらそう言うと、幕僚ばくりょうの一人が次のような指摘してきをする。

「もう既すでに、恐妻家きょうさいかですか?」

 そして、周囲しゅういから笑わらいが巻まき起おこった。

(自分では、愛妻家あいさいかになるつもりなのですが)

 やがて凱旋がいせんのパレードは終わりを迎むかえ、そのまま自然しぜんに祭まつりが始まった。

 後にこの日は正式な祝日しゅくじつに制定せいていされ、解放かいほう記念きねん日びと呼よばれるようになるのであった。