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先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~

第23話 アレンの横顔

 俺の名前はアレン。しがない行商人をやっている。

 まあ、ウチの家業は、歴史だけを見るとかなり長い事やっているがな。それこそ、誰も覚えちゃいないぐらいの昔から、先祖代々ずっとな。

 俺の行商は、辺境最大の都市であるガルムの都市から東へと出発し、森アルク族の里で終点になる。

 そこで、魔力を込めてもらった魔石を塩なんかの生活必需品との物々交換で仕入れる。これをガルムの都市に持って帰ると、結構けっこういい値段で売れる。

 その里で知り合った人たちの中で、俺と最も親しいと言えるのが祭司と呼ばれる坊主だ。まあ、あいつは最近になって成人したので、もう坊主呼ばわりはおかしいのかもしれないが、長い付き合いだ、いまさら呼び方を変えられない。

 その坊主は、俺たちヒム族の国で伝説と呼ばれている種族、上位アルクだ。

 ただ、それを差し引いて考えてみても、あいつは小さいころからとても変わったやつだった。

 上位アルクは、あいつらの里だと先祖返りと呼ばれている。そして、他のものは気にもしていないのに、あの坊主だけは、上位アルクという呼び方が嫌いだった。

 あいつが七歳ぐらいの時だったか、こう言われたんだ。

「種族に上位も下位もありませんので、できれば先祖返りと呼んでもらえませんか?」

 ここまでだったら、子供っぽいこだわりと思えなくもない。だが、その理由を聞いてみると、本当にびっくりしたさ。

「努力では決して変えられない種族なんかよりも、もっと大切な事がたくさんあると思いませんか?」

 アルク族は寿命が長い。そして、成長速度もヒム族の半分くらいだ。

 だから、俺たちの年齢に置き換えて考えると、たかだか三歳か四歳そこらのガキがこの発言だ。俺は耳を疑ったね。

 まるで何十年も努力を続けた老練ろうれんさすら感じたさ。

 あいつは頭も恐ろしく良かった。

 誰も教えていないはずなのに、足し算、引き算はおろか、掛け算や割り算までもやってのけていた。

 不思議ふしぎに思って聞いてみると、取引を見ていたら覚えましたとか言いわけしていたな。これは、今でも信じちゃいない。

 上位アルク、彼らの言う先祖返りは、里だと神事を仕事にしている。

 つまり、アルク族の人たちは、先祖返りを神様と人との仲立ちをする神聖なるものだと考えている。

 しかし、そんな彼らから見ても、あの坊主はかなり特殊になるようだ。

 その事についていろいろと聞いてみると、あいつらは周囲に坊主がいない事を毎回確認してから、声をひそめるようにして教えてくれた。

 あいつが誰も教えていないはずの知識を持っているのは、神様が与えたものだと考えているらしい。

 だから、あの坊主は、神様のいとし子だと考えられているようだ。

 ただ、あいつ自身は、その知識の出どころを隠そうとしているみたいだ。そのため、彼らはそれを神様のおぼしだと考えていて、あの坊主の前では、その事について決して口にしないのが暗黙あんもくの了解になっているのだとか。

 あいつは小さいころから里の外の世界、つまり、俺たちの国についてとても興味きょうみを持っていて、成人したら里を出るといつも言っていた。

 だが、あいつは先祖返りだ。ただでさえ信仰しんこうの対象になっているのに、その上神様のいとし子だか御使みつかいだかと考えられている。

 そんなやつを外に出してしまっていいのか? と、あいつの育ての親である祭司長様に聞いてみた事がある。

 そうすると、かなりさみしそうにしてはいたが、はっきりとこう言い切っていた。

「あやつの知恵は、この里にとどめておいて良いようなものではない。もっと広い、おぬしらの国で広めさせてやって欲しいのじゃ」

 あいつはとても愛されているんだなって思ったさ。

 ただ、あいつも故郷に対しては思うところがあったみたいで、出発する直前になるとひと悶着もんちゃくあった。

 だが、さみしくなったら里帰りすればいいと分かると、途端とたんに元気になって出発していたっけな。

 そんなこんなで、この坊主にはいろいろとみょうな知識があるはずなんだが、どうにも危なっかしくて放っておけない。

 今も、初めて入るガルムの都市の悪臭にやられてしまって、青い顔をしてベッドに転がっている。

 ただ、まあ、こいつとはもっと長い付き合いになるんだろうなって思う。

 もうすでに二十年以上の付き合いになるが、こいつはものすごく寿命が長い。

 それこそ、俺の子供や孫、もっと先の子孫になるまでの付き合いになるだろう。

 そんな確信めいたものが、なぜだかあるんだよなぁ。