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先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~

第37話 ルツの横顔

 わしの名前はルツ。しがない魔道具工房の親方をやっている。

 いや、もう「しがない」なんて言ったら笑われてしまうだろうな。いつの間にか、わしの工房はこの国を代表する工房なんて言われてしまっているからな。

 これまでの人生を振り返ってみると、本当にいろいろとあった。

 だが、わしの人生が大きく変わったのは、何度考えてみても十二年前のあの時しかありえん。

 あの時、わしはいつものように魔道具を改良する研究をしていた。

 そこに、あいつが訪ねてきた。

 あいつ、つまりヒデオは、入って来るや否や弟子でしにしてくれと頼みこみ始めた。あまりにも熱心なので、どうしてそこまでこの工房がいいんだ? と聞いてみたものだ。

 そうすると、わしの作った火種の魔道具がとても気に入ったからだと言ってくれたな。

 他の工房が作る魔道具は、基本的にお貴族様向けというのもあるのだろうが、機能に関係のない装飾そうしょくなんかが多すぎると感じていた。まあ、わしもまだ若かったということだろう。

 もちろん、高級感をだすためには必要なのだという事も理解できる。

 だが、魔道具はどこまで行っても道具のはずだ。

 道具である以上、便利さを追求すべきであって、芸術的な価値は必要ないと考えていた。まあ、この考え方は、今でも変わっちゃいないがな。

 そして、魔道具の小型化の研究成果として、できるだけ小さな魔道具を作りたかった。そこで目を着けたのが、火種の魔道具だった。

 火種の魔法は生活魔法として知られていて、魔法式がとても短くて単純なのが特徴とくちょうだ。それを利用し、あの当時の技術で最も小さく作った魔道具があれだった。

 価格も可能な限り低く設定するために、余計な装飾そうしょくも一切入れていなかった。

 まあ、生活魔法は扱えるものが一定数いるから、あれは、商品としては失敗作だった。なにせ、ほとんど売れなかったのだから。

 だが、そんな失敗作を、あのヒデオは気に入ってくれたらしい。

「余計な装飾そうしょくが一切なく、価格も低く抑えられていて、私はあの魔道具に一目ひとめれしてしまったのです」

 ヒデオはこう言って、熱く語っていたものだ。

 そう言えば、あいつは生活を便利にする道具の事を、なんだか不思議な言葉で表現していた。カデンだったか。どういう意味なのか、聞くのをすっかり忘れていた。

 わしの職人としての思いが詰まっていた、あの火種の魔道具を高く評価されて、悪い気がするはずがない。

 だから、この時点で、あいつへの好感度はかなり高くなっていたのだから、あの直後に弟子でしにすることを決意したのは、ある意味で必然だったのだろうな。

 あいつは出会ったその時から、かなり変わったやつだった。

 まあ、伝説の上位アルクなのだから、普通のやつとはそもそも違うのかもしれん。

 だが、ヒデオの一番特殊な部分は、間違いなくあの頭の中だろう。

 どうやったらあんな発想ばかりができるのか、さっぱり理解できん。できることなら、あいつの頭の中の構造を研究してみたいぐらいだ。

 ヒデオが職人になりたてだった頃は、まだ魔道具の常識を知らなかったのだから仕方がないと言えるのだろうが、非常識なものをいろいろと提案してきた。

 だが、それでも、あいつのアイデアの数々に、とても目を見張っていたものだ。

 こいつはやがて、ものすごいものを発明するに違いないと思ってはいた。

 そしてそれは、想像していたよりもはるかに早く実現してしまった。

 デンドウのこぎり、そして、あのがすこんろだ。

 あいつの発明した新商品によって、わしの工房は、あれよあれよという間に大きくなってしまった。

 もちろん、それはよろこばしい事だ。だが、わしはどちらかと言うと、一人の職人でありたいと思ってしまう。

 まあ、工房のトップとして考えるのなら、それではダメなのだろう。それは分かっている。だから、気は進まないが、なんとか経営者としての仕事もこなしている。

 だが、経営者として見るならば、ヒデオはわしなんかよりもよっぽど適正があった。

 数字におどろくほど強く、書類仕事も苦にしない。

 だから、それもあって、わしはヒデオに次代の工房を任せたかった。

 まあ、それはあいつ自身によって却下きゃっかされたがな。あいつが望まないのであれば、仕方がないのだろう。

 だがな、ヒデオ。これだけは分かって欲しい。

 わしには女房にょうぼうも子供もいない。魔道具作りに夢中になりすぎたあまり、適齢期てきれいきをすっかりとのがしてしまっていたからだ。

 だが、それでも。いや、それだからこそ、か。

 わしにとっては、お前こそが息子むすこだと思っているのだ。だから、わしの工房をいで欲しかったんだ。

 だが、これを口にすることは、一生ないだろうな。

 なにせ、とても気恥きはずかしいからな。