先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~
第25話 親方
溢れるやる気と決意を胸に、ルツさんの工房の扉を開ける。
「すいません、どなたかいらっしゃいませんか?」
「おう。なんだ、アルク族とは珍しい客だな。何の用だ?」
ルツさんは立派な髭を蓄えた強面であったが、声と顔のイメージからくる頑固親父の印象とは異なり、体つきはちょっと華奢に見える。
私は胸の熱い思いのままに、勢いよく頭を下げてお願いする。
「弟子入りさせてください!!」
しかし、ルツさんは困ったような顔になり、この申し出を断る。
「帰れ。そういうのは、およびじゃない」
取り付く島もない。そう簡単に弟子入りさせてもらえるとは思っていないので、この程度ではめげない。
「お願いします! 雑用でも何でもしますし、給料もいりませんから!」
土下座する勢いで、腰を折ってお願いする。
「そういう事じゃないんだがな……。給料もいらないって、お前、どこかの金持ちのボンボンか? そんな軟弱なやつは、もっといらん」
私は即座に頭を振り、金持ち疑惑を否定する。
「いえ。私はド田舎からのお上りさんです。ただ、生活費を稼ぐ方法には心当たりがありまして……。魔石を売って、生活費に充てようかと思っています」
私は魔石の入った袋を触る。それを見たルツさんは、溜め息を吐きながら私を諫め始めた。
「はあ……。お前さんは確かに田舎者のようだな。たくさん魔石を持っているようだがな。この都市にはな、森アルクの良質な魔石が出回っているんだよ。町アルクの魔石程度では小遣いにしかならん。悪い事は言わん、田舎に帰れ」
森アルクの魔石と聞いて、私は少しニヤリとしてしまう。
(私の魔石はさらに高級品ですよ?)
私は腰に下げていた袋に手を入れ、一つ取り出して見せながら説明を加える。
「私の作った魔石は、知り合いに聞いた話によると、もっと高値で取引されるようですので、ご心配にはおよびません」
私の取り出した魔石を見たルツさんは、目をこれでもかと見開き、驚愕の表情を浮かべ、大声になって独り言を始めた。
「何だ、その輝きの魔石は! まさか、噂に聞く上位アルクの魔石!? いや待て……。お前さん、さっき作ったって言ったよな? まさか……。これ、作れるのか?」
なんだか悪い予感がする。
アレンさんの感覚もズレていると判明したので、私の知っている範囲の常識は、かなり危うい。これは、早急に認識のズレを修正する必要がありそうだ。
私はそのように考えを進め、しばらくルツさんと会話を続けてみた結果、衝撃の事実が発覚した。
私や祭司長が作る魔石は、その輝きからもはや魔力の供給源としては扱われず、宝石扱いになっているようだ。
希少さゆえに、税金で取り立てられる交易ルート上の領主と、王族くらいしか入手できないと言われているらしい。
この魔石をもし市場に出せば、最低でも小金貨、おそらくは大金貨が必要になるほどの値が付くらしいが、そんなものを平民街で取り扱った事が貴族にばれたら、簡単に物理的に首が飛んでしまう。
それから気を取り直して根気強く交渉を続けた結果、私の魔石をルツさんに年に一個だけ収める事で、弟子入りを許可してもらった。
なんでも、商品等に使う事はできないが、貴重な研究素材として使うようだ。それ以上の数になると、怖くてとても持っていられないらしい。
私の持ち込んだ魔石は、絶対に誰にも渡すなと厳命されている。
これは後になってアレンさんに確認した話になるが、私や祭司長の魔石は、領主命令で指定された取引先にだけ卸しているようだ。横流しでもすれば一発で首が飛ぶので、ちゃんと守っていたようだ。
この都市で見た事がないから高額だろうとは思っていたようだが、私同様、そこまでの価値があるとは考えていなかったとか。
ルツさん改め親方との取り決めでは、私の扱いは次のようになった。
・私は内弟子の扱いになる。
・親方の家に住み、雑用をこなしながら下積みを積む。
・衣食住は親方持ち。
・給料は出ないが、小遣い程度は支給する。
・休日は六日ごと。長期休暇等は要相談。
この取り決めは、一般的な内弟子の扱いに準じているそうだ。
ちなみに、私が一番こだわったのが、長期休暇の取得の部分だ。不定期でも構わないので里帰りに使いたい。
それ以外についても予想以上の好待遇で、文句等ない。
私の魔道具職人へ向けての道が始まった。
ちなみに、既に入街税として私の魔石を収めている事を知った親方は、そんなに大量の魔石を抱えている事が領主様に報告されてしまうと、ろくな事にならないだろうと指摘してくれた。
そこで、アレンさんに相談してみた結果、彼と連れ立って指定の卸先を訪れ、全て定価で売り払う事により、ことなきを得たのだった。