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先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~

第28話 秘伝の粉

 魔道具職人としての最初の教育を終えた私は、ここまで育てていただいたお礼として、あたためていたアイデアを述べる。

「親方、実はですね、塗料の原料に少し思い当たるものがありまして。こちらに注目してください」

 私はこの都市の周辺でれた、里のものと同じ程度の小さな魔石を机の上へと置く。そして、軽めに魔力を流し始める。

 輝きを増し続ける魔石を見た親方は、最初の方こそ興味深く見ていたが、輝きを増すほどに顔をしかめ始める。

「おい、止めろ。上位アルクの魔石は作るなと言ってあるだろう?」

 私はそれに微笑ほほえみを返し、追加の説明をする。

「そう言わずに、見ていてください。これから作るものは、魔石ではありません」

 怪訝けげんな表情を見せる親方の前で魔力を流し続けると、やがて魔石の魔力保持限界を超えたようで、さらさらと金色の粉ができた。

「これは何だ?」

「魔石には保持できる魔力に限りがあります。そのため、このように魔力を限界以上にそそぎ込みますと、魔石が崩壊してこのような粉になります。これであれば、いちいち砕いて使用しなくても良くなるので、塗料が作りやすくなると思いませんか?」

 親方はとても驚いた顔をしている。それはそうだろうなと思う。

「ヒム族の魔力でこれを作るのは、おそらく不可能だと思います。私の里でも、先祖返りにしかできない技なのですよ?」

 実のところ、これを使って塗料を作って欲しいのには理由がある。

 質の良い大型の魔石を使っても誤差程度にしか品質が上がらず、里のものや私の魔石を使用すればかなりの品質のものになるのは、おそらくは、単位体積あたりの魔力量の違いだろうと思われる。

 里が産出する魔石は小型で魔力が多いため、魔力密度がとても高くなっている。しかし、魔力密度の割に効率が悪いのは、魔石の抵抗力が影響しているのではないかと仮説を立てた。

 魔石に魔力を込めるほど、魔石から受ける抵抗力が高くなる。おそらくは、これが電気抵抗のように作用しており、魔力密度の割に効率の悪い塗料しかできないのではないかと予想している。

 そして、魔石が崩壊する時にできる金色の粉だ。

 元々私の作る魔石は限界ギリギリまで魔力を込めているため、魔力密度として考えるならば、私の魔石と粉の間ではそれほどの差はないはずだ。

 しかし、崩壊する直前に魔石の抵抗力が激減するため、超電導のように、抵抗力が限りなくゼロになるのではないかと考えている。

(この仮説が正しければ、ものすごく小型軽量の魔道具も、夢でなくなるのではないでしょうか?)

 私は心の中でそのように考え、親方の研究が進むのを心待ちにしていた。

 それから数日が経過したある日の朝、親方はとても大きな声で私を呼び出していた。

「おい、ヒデオ! ちょっとこっちこい!」

「何ですか? そんなに大声だして」

「これを見ろ」

 親方が指さす先には、作動を続ける計測の魔道具があった。

「もう何日も止まらない!! 信じられないほどの魔力伝導率だ!! これはすごい発見だぞ! 魔道具業界に革命が起こる! いいや、それだけじゃない! これを使えば、古代魔法文明の魔道具も作動させられるかもしれん!!」

 すっかり興奮していて、まくし立てている親方をなだめる。

「落ち着いてください、親方。嬉しいのは分かりますけれど、これ、材料聞かれたら説明できないですよね?」

 親方の顔から急速に笑顔が消え去り、ストンと能面のうめんのようになる。

「そうだった……。上位アルクの魔石からできるなんて、説明できるわけがない。そんなものを発表してしまったら、命がいくつあっても……」

 頭を抱えてうなり始めた親方に、私はできるだけ優しく冷静な声で解決策を提示する。

「良く考えてください、親方。この粉そのものは、魔石からできているようには見えませんよね? ヒム族には未知の素材なのですから、親方の秘伝として使えばいいのですよ。だまっていれば、誰にもバレませんよ?」

 親方の顔に、急速に血色が戻り始める。

「そうか……、そうだよな。だまって使えばいいだけじゃないか。これが発表できれば歴史に名が残るだろうが、命には代えられんからな」

 親方の結論を支持するため、私はうなずきながら続きを語る。

「ええ、そうですよ。私も頑張がんばって作りますが、もし足りなくなるようでしたら、私が里に帰って育ての親に頼んで作ってもらいます。彼女も同じものが作れますから。ただ、里のみんなは金儲かねもうけに興味がありませんから、量産できるほどの数は期待できませんが……」

 私が若干じゃっかん懸念けねんを表明すると、親方はそれほど大した問題ではないと言ってくれる。

「お前の里に行けば手に入るのか、それはいい。それなら、もしバレそうになったら、森アルク族の秘伝の粉という事にしよう。上位アルクの魔石から作っている事さえバレなければ、どうとでもやりようはある」

「それはいいですね。そうしましょう」

 私がウンウンとうなずいていると、親方は私の目を見て、これからの事に話を向ける。

「ところで、これはどのくらい作れるんだ?」

「一日に二十個分くらいなら、余裕よゆうで作れますよ?」

 私のその返答に、親方は絶句したような表情でつぶやいた。

「上位アルクって、伝説以上にスゲェもんなんだな……」