先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~
第34話 同僚
デンドウのこぎりの開発完了から二年半が経過し、私は三十七歳になっていた。最近少し老けてきたような親方からは、ちょくちょく次のように言われるようになっていた。
「お前はまだ若くていいな」
いつかはばれるだろうが、私が年を取らない事実を説明すべきだろうか? 少し悩んでしまう。
例の秘伝の塗料を使用した魔道具の研究が実を結んだ結果、親方の作る魔道具は他の追随を許さないレベルの小型軽量タイプに進化していて、僅か三年ほどの間に、親方は国一番の魔道具師として有名になっていた。
時が経過するごとにルツ工房の商品は人気を博していき、親方と二人で生産していたのではとても手が足りなくなっていった。
そこで、時期を見計らって工房を引っ越していて、新たに雇った従業員として、私にとっての弟弟子と同僚がたくさんできた。
私の里だと、私と対等と言える友人は存在しなかった。私と対等に接してくれるのは、母と慕う祭司長だけだった。
最初の方こそそれを寂しいと思っていたが、今では、それに不満などない。
それでも、同僚がたくさんできて、対等と呼べる友人もたくさんできたのは、私にとってとても嬉しい事だった。
ちなみに、祭司長を未来のお嫁さんに勝手に指名していたのは、母を慕う幼い子供ゆえの若気の至りとして処理していて、初恋とはカウントしていない。
また、私は見習いを卒業した事で親方から給料をもらっていたが、それとは別に、例の粉をかなり高額で買い取ってもらっている。
「私は弟子なので必要ありません」
私はこう主張し、固辞しようとしたのだが、親方は頑として譲らなかった。
「金銭の問題は、身内だからこそ、きっちりと決めておくべきだ」
それも一理あるかと思ってしまったため、最後は私が折れて、あの粉を販売する契約を結ぶ事にしていた。
ルツ工房にはたくさんの従業員が勤める事になっていたが、その中でも私は親方の一番弟子という扱いになっていた。
この工房の数ある商品の中でも、親方のルツモデルがプレミアムタイプになっており、私のヒデオモデルがそれに次ぐ扱いになっていた。
年月の流れと共に私の給料も上がって行き、金色の粉の代金と合わさって、大金持ちは言い過ぎだと思うが、私は小金持ちになっていた。
ちなみに、この国で一般的に使われている大陸共通語だが、これは元をたどると大陸統一国家時代の公用語になるそうだ。
ただ、正確な共通語を使用するのは平民だと若干難しいらしく、一種の方言のようなものが平民の間で広く使われている。
正しい共通語は丁寧語や敬語のように扱われており、これが流暢にしゃべれるだけで、ある程度の知識人としてみなされるようだ。
おそらく、私、俺、わしのようなニュアンスになる一人称が複数存在しているのも、各地方の方言が元になっているのではないだろうかと予想している。
私の仕事の合間の趣味は、相変わらず魔法の研究になっている。それには、新しい魔法の収集も含まれている。
暇な時に魔術師を訪ね歩き、販売している魔法式の種類を聞き出し、未知なものであれば金に糸目をつけずに収集している。
そうやって、結構な種類の魔法式を集めていたが、ファンタジーの定番とも言える身体強化魔法に関するものは、欠片も見かけなかった。
この事にかなり落胆していたのだが、よくよく考えてみれば、これは当たり前の事だったと最近になって気づいていた。
一口に身体強化と言っても、そう簡単に実現できるものでもない。
例えば、筋力だけを単純に強化してしまうと、骨の強度が足りなくなる。つまり、強化した筋力に耐えられず、複雑骨折してしまう危険性が高い。
では、骨も含めて強化すればいいのでは? と考えるだろう。
骨も含めて腕全体を強化した場合、今度は接続部分の強度が足りなくなってくる。
つまり、強化した腕で極端に重たいものを持ち上げようとした場合、肩から先がちぎれて取れてしまう危険性があるのだ。
これらの事から、まともに身体強化をしようとすると、全身くまなく強化しなくてはならなくなる。
そのための処理の流れを魔法式で記述したとすると、恐ろしく長く複雑なものになってしまうだろう。
よって、身体強化を魔法式で記述するのは、極めて難しいという結論になってしまうのだ。
閑話休題。
私が無詠唱魔法の使い手なのは特に隠していなかったため、この都市だとかなり有名になっているらしい。
私の名前が広がるにつれて、里を出発する時の祭司長の言葉を思い出す。
『可能な限り力を隠せ』
『できるだけ無害な存在である事を示せ』
この事から、私が彼らの言うところの「上位アルク」である事を隠す必要性を感じるようになっていた。
また、この都市にも少数ながら町アルク族は暮らしていたため、彼らに聞き取り調査を行った結果、先祖返りについては伝わっていない事が判明していた。
そのため、私は自らの種族を「森アルク族の先祖返り」として名乗っている。正直に言っているようだが、ある一つの事を秘密にしている。
それは先祖返りと上位アルクが同一の存在であるという事だ。
これらの二つが一致する事を知っているのは、里のみんなと、出入りする行商人、後は親方だけになっている。
私が里帰りした時に、お土産の一つにしたヒデオモデルの火種の魔道具は、祭司長が愛用してくれている。
ただ、里のみんなは、外の世界の魔法について楽しそうに話を聞いてくれるのだが、自分たちも学んでみようという気にはなってくれなかった。
里は保守的なのでそうだろうなと思っていたので、特に落胆はしていない。
私の顔は色白で銀髪、しかも女顔なので、里だとフツメンになるのだが、この都市ではイケメンになってしまうらしい。
まだ若いように見えるのに結構な高給取りであるため、優良物件として考えられているようだ。
しかし、私は、ヒム族と比べて寿命の長い森アルク族の中でも、突出した寿命の長さの先祖返りだ。
ヒム族から見れば、無限の寿命に見えるだろう。
同じ先祖返りでもなければ、恋愛対象にしてもお互いに不幸になるだけなので、特定の恋人は作っていない。
ご近所のなじみの八百屋さんの娘さんはとても積極的で、私を食事やデートに誘う機会を虎視眈々と狙い続けている。
それさえなければ、美人でいつもおまけをしてくれるいい看板娘であるため、追及をノラリクラリとかわしながら生活を続けている。
私の開発したデンドウのこぎりは、爆発的大ヒットとまではいかなくても、それなりに売れている人気商品になっていた。
噂では、かなり遠い町からも商人が仕入れに来ているらしい。
何も考えずにデンドウのこぎりと命名しているが、もちろん電動であろうはずがない。
販売を開始してからも実地調査を継続した結果、初期モデルの大きさでは扱いにくそうな人もいたため、大きさを変更して複数のモデルを用意したのも、人気になっている理由の一つだそうだ。
親方の名声が上がっていくにつれて、最大の謎とされる塗料の製法を求めて、同業他社からのさぐりが頻繁に入るようになっていた。
これはまだかなりいい方で、いやがらせをされる事も多々あった。
私は高い給料をもらうようになったので、親方の工房を出て近所に借家を借りている。そのため、いやがらせの声がエスカレートした時はすぐに駆け付け、逆上して暴力をふるいそうになったら、思いっきり手加減した魔法を駆使してご退場願っている。
私が無詠唱魔法の使える森アルク族だという話が広がってしまったのは、もしかすると、このあたりの事が影響しているのかもしれない。
最近は、お貴族様の関係者との噂のある人物からも接触が行われるようになっていて、対応策等を親方と相談する機会も増えた。
工房の弟弟子たちが頑張って仕事をしてくれているので、私に割り振られる仕事がかなり楽になっていた。