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先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~

第46話 ルースの横顔

 私の名前はルース。

 王国の北東部に広がる自由国境地帯にある名前もない村の出身だよ。もしかすると、その村にも名前があったのかもしれないのだけれど、少なくとも、私とエルクは知らないんだよね。

 みんなも北東の辺境の村としか言ってなかったんだ。

 そんな田舎者いなかものの私の唯一と言っていい自慢じまんが、無詠唱むえいしょうで魔法が使える事だったの。

 最初に生活魔法の火種の魔法を教わった時、なんとなくだけど、魔法式をとなえなくても使えるんじゃないかな? って思えたのよね。

 だから、頭の中で魔法式を組み立てて、発動のトリガーだけをとなえてみたら、できてしまったの。

 みんなとてもおどろいていたわ。

 でも、その時の私はまだ小さかったから、それがどれほどめずらしくてすごい事なのか、良く分かってなかったの。

 だけど、それから何年かすると、私にもその意味が分かるようになっていったわ。

 ううん、それだけじゃない。思いあがっていたって、今なら分かる。

 私はこんな辺境にいていい存在じゃないって、思うようになってしまっていたわ。

 それも仕方のない事だと思わない? だって、無詠唱むえいしょうで魔法が使えたとしても、あの村にいる限り、ずっと生活魔法にしか使い道がなかったのだからね。

 だから、私は成人したら王国へと旅をして、そこで攻撃魔法を教えてもらって、立派な魔導師として尊敬されるんだってうたがってなかったの。

 そんな私の思いあがった目標に一番同意してくれたのが、おない年のエルクだったわ。

「ルースが魔法で攻撃するなら、俺はその前で戦士として防御を担当してやるよ。俺が守ってやるから、安心して魔法が放てるようになるぜ!」

 そう言って、エルクは手作りした木の大盾おおたて背負せおって、走り込みをしている姿を良く見かけるようになったっけ。

 そして、その粗末そまつな盾をにぎりしめて、大人の魔物狩りに同行するようになっていったわ。

 ただ、いくらきたえても、そこは子供の体格でしかなかったの。

 だから、どうやっても、魔物の突進とっしんを正面から受け止める事が出来なかったみたい。

 でも、エルクはあきらめなかった。そして、あの、どんな大型の魔物の突進とっしんでも綺麗きれいに受け流してしまう技を身に着けたの。

 あれはすごいと私も思う。

 常に後ろの味方の位置を把握はあくして、味方の邪魔じゃまにならない、ちょうどいい位置に魔物を受け流して誘導ゆうどうしてしまう。

 後ろで見ていてとても安心感があるの。

 それに比べて、私は完全に思いあがってしまっていたわ。

 大した訓練もせず、ただ無詠唱むえいしょうで魔法が使えるって事だけを自慢じまんしている、ただの世間知せけんしらずでしかなかったわ。

 そして、いくつかの年を越えて、先にエルクが成人したわ。それから数か月遅れて私も成人したその日だったわね。

 私は根拠こんきょのない自信だけを胸に、エルクと一緒いっしょに村を出たわ。もちろん、安全を考えて、ちょうどその時に村に来ていた行商人の一行いっこうに混ぜてもらって旅をしたのだけれどね。

 王国にたどり着き、傭兵団に入団するまでは何の問題もなかったの。

 でも、入団手続きを終えて、何が得意かって聞かれた時になって初めて、自分のおろかさと傲慢ごうまんさを思い知らされたの。

 エルクは何の問題もなかったわ。

 魔物の攻撃から後ろの味方を守るのが得意ですって言って、使い込まれた粗末そまつな盾をかかげていたから。

 で、私の番になった時、私は得意とくいげに答えていたわ。無詠唱むえいしょう魔法まほうが使えますって。その時、受付のお姉さんがこう言ったの。

「では、どのような攻撃魔法が使えるのですか?」

 私はそこで、あれ? って思ったの。

 魔法式なんて、傭兵団の誰かに聞けば教えてもらえるって思っていたの。

 そう言ってみると、お姉さんに言われたのよ。そんな事はないって。

 そういう魔法式は財産になるので、結構けっこうな大金を支払って、魔術師に教えてもらわないといけないって。

 私は頭をかかえる事になったわ。

 魔導師である私はすぐに簡単にお金がかせげるって、信じてうたがってなかったの。だから、そのまま傭兵団でお金を稼いだらいいって思っていたわ。

 でも、そのお金を稼ぐためには、先に大金を用意して攻撃魔法を教えてもらわなければならなかったの。

 私はこの時、自分の将来の見通しが全く立たない事を理解して、血のが失せる思いをしたわ。

 そして、たぶんだけど、実際に私の顔は青ざめてしまっていたのだと思う。

 その時にあの人に出会ったの。

 ほんの数日前に入団したばかりだと言う、ヒデオにね。

 そのヒデオは、私の様子を見かねたのか、こう言ってくれたの。

「もしよければ、私が攻撃魔法を教えましょうか?」

 でも、私はお金を持っていないのって言うと、微笑ほほえみながらこう提案してくれたわ。

「貸しにしておきますので、傭兵として稼げるようになってから、ゆっくりと返してくださればいいのですよ」

 私はその提案に飛びついたわ。だって、そうでしょう? 他に選択肢なんてなかったのだから。

 そうすると、ヒデオはちょっと不思議な事を言い始めたわね。

「では、明日、一般的な魔法式をふだに書いて持って来ますね。明日のお昼前ごろに、ここでまた会いましょう」

 あれ? って思ったわ。あなたはその魔法式を覚えていないのって。

 そうすると、ちょっと苦笑しながら、なんでもない事のようにこう言ったの。

「いえ、覚えてはいるのですが、私の扱う魔法式は私の扱いやすいようにいろいろと改造していますので、ここの一般的なものとは異なっているのですよ」

 私は魔法式が改造できるなんて思ってもみなかったから、とてもびっくりしたわ。

 だから、思わず、そんな事ができるの? って聞き返してしまったの。

「ええ、できますよ。ルースも魔導師なのですから、魔法式の流れが理解できるはずです。ですから、すぐにできるようになりますよ」

 私はここで初めて、ヒデオも無詠唱むえいしょう魔法まほうが使える魔導師だって気づいたの。

 こんなに身近に他の魔導師がいるなんて、とてもおどろいたのだけれども、いつかはこの人を越えて見せるって、とてもやる気が出てきたのを覚えているわ。

 そして、翌日になると、ヒデオは約束通りに魔法式を書いたふだを手渡してくれたわ。

 そこに書かれていたのは水槍すいそう多重水槍たじゅうすいそうの魔法式だったわね。同時に、魔力制御の訓練方法も教えてくれたわ。

 今になって思い返してみれば、あれは大盤振おおばんぶいだったと分かるわ。

 だけど、世間知せけんしらずだった私は、それが当たり前だと思ってしまっていたの。だから、大したお礼も言ってなかったわね。

 でも、ヒデオはそんな私の態度たいどにも、全く腹を立てた様子ようすもなかったわ。

 今でも思うけど、ヒデオはとても優しい人なんだわ。ヒデオが本気で怒っている姿なんて、誰も見た事がないぐらいだもの。

 実際に魔法を使ってみましょうって、ヒデオが言ってくれて、傭兵団の詰所つめしょ併設へいせつされている訓練場に三人で向かったわ。

 そこで、私はなんとなく気になっていた事を聞いてみたの。なんでこの魔法なのって。

 そうしたら、丁寧ていねいに答えてくれたわ。

「『火球』ですと、森の中とかになると使えない場合があります。『風刃ふうじん』も便利なのですが、目には見えないので少々コツが必要になるのですよ。ですから、最も 汎用性はんようせい が高いというのが理由ですね」

 それから何回か練習として、魔法式を詠唱えいしょうしながら発動してみたの。

 十回とちょっとだったかしら? それぐらい練習すると覚えられたので、試しに無詠唱でやってみるとあっさりできたのよね。

 そうすると、ヒデオはちょっとおどろいた様子でこう言ってくれたわ。

「ルースはすごいですね。ヒム族でそこまであっさりと無詠唱で使えるなんて、まるで森アルク族のものみたいです」

 魔法の適正がとても高い事で有名な森アルク族にたとえられて、とてもうれしかったわ。

 それで気を良くしてしまって、それから本気で無詠唱むえいしょうで魔法を発動させてみたのだけれど、おどろくほど射程が短くて愕然がくぜんとしたわ。

 これじゃあ、魔物を倒そうと思ったら、かなり近づかないといけないって、本気で頭をかかえそうになったの。

 そんな私の様子ようすを見ていたヒデオが、とても優しい口調くちょうと顔で、こう説明を加えてくれたわ。

「魔力制御の訓練をした事がない状態で、この射程は素晴すばらしいですよ。これから訓練を継続していけばもっと射程がびますので、気にする必要はありませんよ?」

 訓練したらどのくらいになれるのか見せてもらえない? ってお願いしてみると、ヒデオは嫌な顔一つせずに見せてくれたわ。

 その魔法は、3ベク(3.6メートル)くらい離れた場所の的に、二回ほど曲がってから着弾していたわね。

 私はこの技がどのくらいすごいものだったのか、全く理解していなかったわ。

 だって、しょうがないでしょう? ヒデオ以外の攻撃魔法を使える魔術師や魔導師を、この時はまだ知らなかったのだから。

 それからの私は、エルクと一緒いっしょにしょっちゅう森へと出かけて、狩りをしてお金をかせぐようになったわ。

 私に付き合わせて悪いわね、ってエルクに言ってみたら、こう言ってくれたわね。

「俺も金をためて装備を一新したいから、気にするなよ」

 ヒデオに借金を少しでも早く返したかったから、これにはとても助けられたわ。

 でも、そのヒデオは、いつでもかまわないから無理だけはしないようにって言ってくれていたわね。本当に優しい人だよね。

 たまにだけど、ヒデオと一緒いっしょに狩りに出かける日もあったの。

 その時、だんだんとびていく私の魔法の射程を見ながら、ヒデオはいつだってめてくれたわ。

「ルースは本当にすごいですね。とても魔法の才能がありますよ」

 その声がとても優しくて、だから私はヒデオにもっとめてもらいたくて、それからも魔力制御の訓練を頑張がんばったわ。

 そのかいもあって、私の魔法の腕はめきめきと上達していったの。

 いつの間にか、傭兵団の中でも、ヒデオにぐ魔法の実力者として認識されるようになっていったわ。

 ただ、なんとなくだけど、私は気づいていたわ。ヒデオは本当の実力をかくしているって。

 それは、もしかしたら、ヒデオの出自である森アルク族の秘密にれるのかもしれないって思ったので、問いただすような事はさすがにしなかったけどね。

 そして、そう感じていたのは、間違っていなかったわ。

 二回だけだったけど、ヒデオはその実力の一端いったんを見せてくれたの。

 一回目は数か月ぐらい前だったわ。エルクとヒデオとの三人でいつものように狩りに出かけた時だったわ。

 その時、予兆よちょうもなく突然、右側のしげみがれたと思ったら、一角いっかくぐまが飛び出してきたの。

 すぐそばにエルクがいたので、その攻撃を受け止めてくれたわ。でも、私は尻もちをついてしまっていたの。

 エルクも体勢がくずれていたし、ヒデオはエルクの真後ろに立っていて、魔法が放てそうにもなかったの。

 これだと、次の一角いっかくぐまの攻撃をエルクはその体で受け止めてしまうかもしれないって思えてしまって、私は青ざめてしまっていたわ。

 そうしたら、すぐにヒデオが多重水槍たじゅうすいそうの魔法のトリガーをとなえたの。私はびっくりして、思わずそちらを凝視ぎょうししてしまっていたわ。

 そして、恐怖したの。その位置からだと、間違いなくエルクに突き刺さってしまうって。

 思わず悲鳴を上げそうになった私だったけど、そこには信じられない光景が広がったわ。

 ヒデオが解き放った魔法は、そのまま大きく半円をえがくようにしてエルクを回り込んで、一角いっかくぐまの頭に三発全部命中したの。

 いったい、どれくらいの訓練を積み重ねたらあの領域にたどり着けるのか、想像もできなかったわ。

 そして、二回目はもっとすごかったわ。

 ほんの一か月ほど前の事になるのだけれども、商人の護衛依頼を受けている時に、魔狼まろうれにおそい掛かられたの。

 その時、ヒデオが使った魔法がとんでもなかったの。

 これまで、噂話うわさばなしにすら聞いた事がなかったぐらいの範囲と威力いりょくだったわ。

 あれをまともに発動しようとすれば、どれほどの膨大ぼうだいな魔力と制御力が必要になってくるのか、全く見当もつかないわ。

 だけど、ヒデオはとても落ち込んだ顔をしていたの。

 一族の秘伝だって言っていたから、あれはむやみに人前で使ったらいけなかった魔法なのかもしれないわね。

 今までもヒデオにはお世話せわになってきたけれど、なんだか一生ものの長い付き合いになりそうな気がしているわ。

 ヒデオはあんなに綺麗きれいな顔をしているのに、私と同様に、異性と付き合う事にあまり興味がなさそうなんだよね。

 その点は似たもの同士なのかもしれないわ。私もそっち方面の興味は薄いから。昔はそんなだから女らしくないんだなんて、悪口も言われていたの。

 でも、ヒデオは女性にモテるのよね。

 まあ、仕方がないわ。あの顔ですもの。女性の団員が熱い視線を送りまくっているのもうなずけるわ。

 でも、この気持ちはなんだろう?

 ヒデオが女の子にキャーキャー言われている姿を想像したら、なんだか胸がムカムカしてきたわ。

 ヒデオが悪いわけじゃないはずなのに、なんだかとっても頭にくる光景ね。

 森アルク族には美形が多いってうわさがあるけど、ヒデオを見ていたら納得なっとくするわ。とても色白で、ととのった顔立ちをしているもの。

 あれ? ヒデオの顔を思い浮かべていたら、なんだか顔が熱くなってきてしまったわ。

 これは何なのかしら。

 あれ? あれれ?

 なんだか胸もドキドキしてきたような……。

 あ……、待って。待ってよ。

 これが、もしかして恋というものなの? 私の初恋なの?

 ど、どど、どうしましょう?

 ここは深呼吸ね。落ち着く時にはこれが一番だって、ヒデオも言っていたもの。

 すー、は~。

 うん、少し落ち着いたわ。

 でも、ちょっと冷静になって考えてみたら、ヒデオって結婚相手として考えるなら、かなり理想的な相手になるのよね。

 ものすごい腕をもった魔導師だから、いつでも傭兵として簡単にお金を稼げるし、そもそも、傭兵になる前からお金持ちだったし。

 顔だってすご格好かっこういいし、なにより、とっても優しいし……。

 あ……、また顔が熱くなってきたわ。深呼吸、深呼吸。

 ヒデオの事を良く考えてみると、これだけは言える事がはっきりしてきたわ。

 ヒデオが私以外のお嫁さんをもらってしまうのを、私はだまって見ている事ができそうにないって。

 だったら、しょうがないじゃない。

 私がヒデオのお嫁さんになるために、いろいろとこれから頑張がんばるしかないわ。

 ヒデオ、覚悟していてね。

 絶対にあなたを私に振り向かせて見せるわ。