先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~
第47話 幸せな日常、再び
それから一年ほどが経過した、ある日。
今日は私の自宅で、エルクとルースを招いて一緒に食事をしている。元から仲の良かったこの三人なのだが、この一年ほどで一番の親友たちになっていた。
「このお肉、美味しい!」
「柔らかくて旨いな。ヒデオ、これ、なんて料理?」
「これは『ハンバーグ』と言います」
ソースのレシピが分からなかったため、適当に味付けしたものだ。私としてはまだまだ不満な味なのだが、二人には好評なようで思わずニッコリしてしまう。
ちなみに、ハンバーグは、ドイツの地方料理が基になっている。料理の名前も、そのままその地方の名前であるハンブルクを英語読みしたものだ。
なぜこのような事をしているのかというと、新しい魔道具の市場調査も兼ねている。
なんとなくだが、次のように思いついたのがそもそもの始まりだ。
(ミキサーがあればひき肉が簡単に作れるようになるので、ミキサーの魔道具が欲しいですね)
そこで、昔のツテを利用して、ルツ工房に頼んで作ってもらっていたのだ。ただ、この世界だと、魔道具はかなり高価な品物になっている。
「みじん切りが簡単にできる程度のために、わざわざ魔道具を購入しようとはしませんよ?」
そこを指摘された私は、渡された「みきさー」の魔道具の試作品を使い、有用な使い方をプレゼンするための新作料理を鋭意開発中だ。
その第一弾がこの「はんばーぐ」で、今、二人に代表して試食してもらっている。
この世界の常識にすっかりと馴染んでしまった私は、無理に異世界の料理を広めようとは思っていない。だが、私の個人的な食生活のために、もう少し開発してみたいなとは思っている。
(いつかは生姜焼きを作ってみたいですね)
そのように考えながら、醤油作りの第一歩として、密かに自家製の味噌の研究もしている。そう、日本人のソウルフード、あの味噌だ。
醤油の原型は味噌の上澄み液だという話をどこかで聞いていたため、そのためにも研究開発を頑張っている。
これをしようと思いついたのは、以前に王都までの護衛依頼を受けた時に、露店で偶然に大豆によく似た豆を発見していたからだ。
この国の言葉でカルクという名前のその豆類は、どこからどう見ても大豆にしか見えなかった。そのため、私は心の中で、この植物を大豆と呼んでいる。
ただ、この国での大豆は家畜の餌という認識のようだ。不作の時であれば食べる事もあるらしいが、日常的には口にしないのだとか。
(大豆があれば、時期によっては枝豆も食べられますね)
枝豆の塩ゆでの味を思い出してしまった私は、大豆を栽培している付近の農家を調べ、季節を待っている。
ちなみに、味噌の製造工程自体は割と簡単で、自宅でも作れる。というか、昔は各家庭で手作りするのが普通だった時代もある。
しかし、材料調達の段階で躓いていた。
味噌の自作に必要になってくるのは、大豆、麹、塩になる。このうち、麹が手に入らない。
前世であれば、種麹屋等から簡単に購入できるのだが、そんなものは、もちろん存在していない。
ただ、麹はカビの一種であるため、パンに生えたカビを採取し、今はそれを増やしながらいろいろと実験中だ。
理想を言えば、米を用意して米麹を目指すべきなのだが、残念ながら、米にあたる穀物をこの国で見た事がない。
しかし、その米麹を使って麦味噌も作れることから、麹カビは麦を使っても繁殖させられるはずだ。
食中毒が怖いので、かなり慎重に研究を続けている。
十九歳になったルースはだんだんとあどけなさが抜けていき、とても美しく成長している。
いつも仲良しの三人であちこちに遊びに行っているのだが、傭兵団の仲間たちは、ある事を予想して賭けを行っているようだ。
私とエルクのどちらが、ルースを射止めるかというものだ。
以前であれば、私は即座に否定しただろう。
「私にそんなつもりはありません」
と。だが、どうしても否定できずにいる。
年を取る事ができない私では、女性を不幸にしてしまう。重々分かっているのだが、それでも、どうしても否定できない。
私には恋愛感情がないと思っていたので、私が一番、驚いている。
私は、結婚する事はないだろう。だが、どうしてもこう思ってしまう。
(せめて、もう少しだけでも、この関係を維持したいですね)
そんな、自分でも卑怯だと思える逃げを打ちながら、ルースとの微妙な距離感にいつも困惑している。
ルースは魔導師である上に、私から見ても才能の塊だ。
「魔法について、もっと教えてちょうだい」
そのように頼まれた私は、時々、自宅に招いて教えている。
異世界の知識が満載になっている、私のオリジナル魔法を教える事は自重しているのだが、魔法式の内容を改良する方法については、少しずつ教えている。
最近では、文字と算数もエルクとルースに教えている。
里では誰も興味を示さなかった文字なのだが、二人は都市に住んでいるため必要性が理解できるのか、熱心に勉強を続けている。
「ルース、りばーしやろうぜ」
何度も訪ねて来るうちに、すっかり勝手知ったる我が家になっていたエルクは、自分で私の手作りのリバーシのセットを持ってくる。
私は既に十分なお金を持っているので、これで商売しようとは考えていない。だが、個人的な娯楽の一つとして作っていた。
ただ一つ誤算だったのは、どうやら私は少々強すぎたようで、早い段階で相手にされなくなってしまい、今では、幼馴染コンビのお気に入りの遊びになっている。
(三人で遊べる、トランプでも作りますかね)
ふと考えた。
この国の羊皮紙では強度が足りないため、トランプには向かないが、木札で代用すればいいだろう。
数が必要になってくるため、木工職人に発注する必要があるだろうが、私の財力であればその程度の大量発注は何ともない。
三人で仲良く大富豪で遊ぶ姿を思い浮かべ、ほっこりしながらリバーシの対戦風景を眺めていた。