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先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~

第48話 愛すればこそ

 私の幸せな日常にある決定的な変化がおとずれたのは、それから三年ほどが経過した、ある日の事だった。

 私はこの頃になると、すでに副団長に就任しゅうにんしていた。

 団長の強い推薦すいせんによるものだったが、その時の交換条件として、エルクを私の後任の分隊長に、ルースを副隊長にそれぞれ指名していた。

 団長は私を本気で後継者こうけいしゃにするつもりのようで、傭兵団の運営に関する様々な教育が始まっていた。

 書類仕事が増えたが、それについてあまり不満はない。

 不満があるのは、あまりにも高い地位を得てしまったために、傭兵団を簡単に留守るすにする事ができなくなってしまった事だ。

 そのため、商人の護衛依頼を受けられなくなり、旅ができなくなってしまった。

 私は、周囲から次のように言われるようになっていた。

「史上最速で騎士様になるだろう」

 実績を積み重ねた傭兵は、領主様に任命されて名誉めいよ貴族きぞくの位を与えられ、騎士団に入れる。

 貴族と平民の間に厳密げんみつな区分があるこの国では、唯一ゆいいつ、例外的に平民が貴族に成り上がれる方法として、夢の立身出世りっしんしゅっせの最終目標になっている。

 二十二歳になったルースはとても美しく成長していて、最近ではその輝くような笑顔を、私はとても直視できなくなっていた。

 この国の結婚けっこん適齢期てきれいきは早いため、ルースもそろそろ結婚相手を決めなければ、行き遅れと後ろ指を指される年齢になっている。

 そのため、私たち仲良しトリオの恋の三角関係もいよいよ最終局面と、傭兵団の仲間たちによる例のけも盛り上がっているようだ。

 私はこの時期ほど、結婚できない自分の体質をのろった事はない。

 目線は無意識のうちにルースを探し、後先あとさきを考えずにプロポーズしそうになる感情を制御するのが、かなり至難しなんわざになっていた。

 そのため、私はルースを自然とけるようになっていた。

 そんな生活を続けたある日、私を見かけたルースが素早すばや近寄ちかよってきて、いきなりこうげた。

「大事な話があるから、これからヒデオの家に行くわ」

 その、ルースのただならぬ様子ようすに私は危機感を感じ、思わず次のような条件を付けてしまっていた。

「エルクが一緒いっしょに来るならいいですよ」

 後になって考えた時、おそらくは、私はこの後に交わされる話の内容を予想していて、もう少しこの関係を続けたいと無意識に願ってしまい、逃げ道として、エルクを呼んだのだろう。

 エルクも何か気づいたようで、仲良しトリオにしてはめずらしく、無言で私の自宅まで歩いた。

 いつもの応接室おうせつしつにしている部屋にたどり着くと、それぞれが無言のまま丸テーブルを囲んで座った。

 となりに座るエルクを完全に無視して、ルースは真剣な顔つきで対面たいめんに座る私を見つめ、話を始めた。

「ヒデオ、最近、私の事を避けているよね。私の事、嫌いになったの?」

「もちろん、そんな事はありえません」

「じゃあ、私の事、好き? 嫌い? それとも大好き? ちゃんと答えて、もう逃げないで」

「……。大好きです……」

「じゃあ、私をお嫁さんにしてください」

 ルースの口から、決定的な言葉がつむがれる。

(とうとう、女性からプロポーズさせてしまいました)

 私もそこまで鈍感どんかんではないので、ルースがずっと私からの求婚を待っていたのは、気づいていた。

 しかし、なればこそ、私はその気持ちにこたえられない。

 私は目をつむり、張り裂けそうな胸を思わず強く手で押さえ、これまでに経験した事のないほどの強力な自制心を発動させる。

(もう逃げられません。年貢ねんぐおさめ時です)

 覚悟かくごを決めて語り始める。

「とてもうれしいです、ルース。しかし、私はあなたと結婚できません。すいません」

 信じられないといった表情で目を大きく見開いているルース。やがて目から涙をあふれさせ始めた。

 そんなルースの顔を見るのはとてもつらいが、この表情をさせているのは、他ならぬ私自身だ。

 私は秘密を打ち明けるために、長い話を始める。

「私はあなたが好きです。大好きです。あなたを心から愛しています。正直しょうじきに言いましょう。私とて、あなたと結婚して、幸せな家庭を築きたい。しかし、なればこそ、あなたの幸せを誰よりも願うからこそ、結婚できないのです」

 愛していると告白した私の言葉を聞いたルースは、再び顔を上げ、私を見つめる。

 しかし、結婚できないと再びげた私を見て、納得なっとくいかないという表情を見せる。

 それから、私は長い時間をかけて、私の秘密を説明していった。


 私の里では、私は先祖返りと呼ばれる存在である事。

 先祖返りと上位アルクが、同一のものである事。

 先祖返りには、無限の寿命じゅみょうがある事。

 私は永遠に、若いままである事。

 私はすでに、五十六歳である事。

 私の両親が誰なのか、教えてもらっていない事。

 里では、崇拝すうはいされる存在ではあるが、恋愛れんあい対象たいしょうにはならない事。

 私は子供ができにくく、おそらくは、ルースが子供を産める年齢のうちには、子供ができないであろう事。

 幸運にめぐまれて子供が生まれたとしても、寿命じゅみょうの関係で、先に子供がなくなる事。


 私は前世の知識がある事以外の、全ての秘密を打ち明けた。

 長い時間をかけ、ひとつひとつ丁寧ていねいに説明していく。

「それでも、短い間だけでもいいから……」

 泣きながらり返すルースを、何度も優しく説得する。

「ルースが年老としおいていくのを見るだけなら、私は後悔こうかいするだけでむかもしれません。ルースが天寿てんじゅまっとうする瞬間も、あるいは、耐えられるかもしれません。ですが……」

 私は説得を続ける。

「子供だけは、別なのです。私たちの愛する子供を先に見送る事だけは、とても、耐えられそうにありません。私の事は忘れて、共に年老としおいてゆける伴侶はんりょと、幸せな家庭を築いて欲しいのです」

 さらに言葉をかさねる。

「これは、私の我儘わがままです。ルースが不幸になっていくのをそばで見続けるのは、私が耐えられそうにありません。例え私がそばにいなくても、幸せそうなルースの様子ようすさえ見せてもらえれば、私にとって、これ以上の幸福はありません。どうか、理解してはもらえませんか?」

 長い長い説得が終わり、少し落ち着いたルースは、すすり泣きながら帰って行った。

 最後まで、無言で私たちのやりとりを見ていたエルクは、何一つ私を非難ひなんする事もなく、ただ、だまって帰って行った。

 こうして、私の初恋は幕を閉じた。


 それから、一年ほどが経過した、ある日。

 二十三歳になったエルクとルースは結婚し、夫婦となった。

 この頃には私も気持ちの整理が終わっており、心から二人を祝福できた。

 それでも、花嫁はなよめ衣裳いしょうを着て幸せそうなルースの笑顔を見ると、となりに立てないわが身をのろい、みのらなかった初恋を思い、心がチクリといたんだ。