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先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~

第50話 耳長の悪魔

 騎士団と傭兵団の全員に出陣命令が領主令で発布はっぷされ、全力出撃した私たちは、騎士団を交えながらあわただしく編成作業を行っている。

 協議の結果、最強の傭兵団とされる我々が正面に配置され、副団長の一人である私の担当は中央左翼になった。

 今は都市の外の森の木を伐採ばっさいし、大急ぎで森の外周部に簡易かんいな防壁を構築中だ。

 そして、私が調査結果を報告して二日後。予想通りに魔物の氾濫はんらんが始まった。

 最初の頃は散発的さんぱつてきに魔物が出没しゅつぼつしていたのだが、だんだんとまとまった数が押しせてきている。

 防衛戦ぼうえいせんが始まって四時間ほどが経過した頃、私は指揮官として配置された騎士様の対応に、ほとほと疲れてていた。

 このお貴族様、何を勘違かんちがいしているのか、私の頭越あたまごしに小隊単位にまで細かく指示を飛ばして指揮をしている。

 それが適切なものであればいいのだが、細かすぎて現場が対応できず、混乱は増していく一方だ。

 お貴族様が平民を虫けらのように扱うのは、定期的な魔物の間引きで良く知っているのだが、そう思うのなら、虫けら同士で指揮をさせて欲しい。

(ひょっとして、武勲ぶくんでも立てたいのでしょうか?)

 無茶な命令でもお貴族様なので無視する事もできず、さりとて、疲弊ひへいしていく現場を放置する事もできず、間に立つ私はすで疲労ひろう困憊こんぱいだ。

「中間管理職はつらいです」

 お貴族様に聞こえないように、小さくつぶやく。

 ただ、無茶な命令もそろそろ限界だ。魔物の第二波までなら許容きょようできたが、今対応している第三波は厳しい。

 魔物はだんだんと個体の強さが増してゆき、その分、全体の数は減ってきているのだが、今対応している魔物の種類が問題だ。

 一つはいわよろい大蜥蜴おおとかげ

 岩のように発達したうろこを持ち、ほとんど剣が通らない。

 弱点とされている頭をねらうしかないが、巨体のわりに意外と素早すばやく、倒すのはかなり難しい。

 ただ、倒せば手に入る岩のようなうろこは、軽い割に頑丈がんじょうなので、上質なよろいの素材として高値で取引されている。

 魔物の領域の奥深くで狩りをするような腕利うでききの傭兵にとっては、かせげる美味おいしい魔物として有名だ。

 もう一つは、どく大蛇だいじゃ

 この毒が問題だ。一度でも毒を喰らってしまうと、即戦闘不能になってしまう。

 一応、解毒剤げどくざいも備蓄物資として準備されている。

 ただ、解毒剤げどくざいといっても、通常はそれぞれの毒に合わせて中和剤を調合しなければならない。しかし、この解毒剤げどくざいはある程度の汎用性はんようせいがある優れものだ。

 これは私の予想もふくめた見解になるのだが、おそらくこの解毒剤げどくざいは、じん機能きのうを強化し、利尿りにょう作用さよう発汗はっかん作用さよううながす効果があると思われる。

 それらの作用により、毒素の成分を尿にょうや汗として体外に排出させる事により、解毒作用げどくさようとしているのではないだろうか。

 もちろん、大量に水分を失ってしまう事になるため、患者には薄めた塩水をこまめに摂取せっしゅさせる事も治療ちりょう一環いっかんになっている。

 前世を知っている私からすると、単なる塩水よりも、少量の砂糖も混ぜて簡易的なスポーツドリンクにした方が、より治療ちりょう効果こうかが高いと思われる。

 ただ、この国での砂糖はかなり高価なため、庶民しょみんがそれを使う事を思いつかないのだろう。

 そこで、私は団長を説得し、薬としていくらかの砂糖も仕入れていた。これで、少しでも治療ちりょう効果こうかが高まってくれればと思っている。

 この解毒剤げどくざいは広範囲な毒に効果がある反面、治療ちりょう効果こうかは弱めで、そのままでは死んでしまうような毒が、数日高熱で寝込むが助かるという程度のものだ。

 そのため、どのみち毒を受けたら後方と交代させる必要がある。

 それでも、我が傭兵団は優秀なので、まだ対応可能だ。

 無茶なお貴族様さえいなければ。

 私が戦線を立て直そうと悪戦あくせん苦闘くとうしていると、左翼方向の別の傭兵団の陣列がくずれ始めた。

(さすがにマズイですね)

 危機感をつのらせていると、最前線で戦っているエルクから救援きゅうえん要請ようせいが入った。

「あの時の秘伝の範囲魔法を使って欲しい……、ですか」

 ファイアーストームの魔法の事だろうとは、すぐに分かる。

「エルク隊長からの伝令では、ヒデオ副団長の魔法で時間をかせいで欲しいそうです。隊列を立て直したいと」

 部下の一人が報告してくれる。ただ、あれでも一発では範囲がりない。

 そのやり取りを聞いていたお貴族様が、また無茶な命令を下す。

「ほう、秘伝だと? 森の蛮族ばんぞくの扱う魔法等、たいした事はないだろうが、めずらしくはあるな。みみながのお前、ちょっとあっちに行ってやって見せろ」

 お貴族様のその物言いに、私はカチンと来てしまう。

 ちなみに、このお貴族様が私の種族を知っているのは、最初に紹介されたとき、その長い耳は何だ? と、聞かれたからだ。

 その時、この都市で割と広く知られている私の種族名を答えていた。森アルク族の先祖返りなので、耳が長いのですと。

(誰のせいで隊列がくずれていると思っているのですか。それよりも、私の大切な里のみんなが、蛮族ばんぞくですか?)

 ムカつきながらも、相手はお貴族様なので、心の中だけで毒づく。

(みんながその気になれば、あなた程度、この都市の防衛ぼうえい戦力せんりょくごと殲滅せんめつ可能かのうです)

 少し考えた私は、前線に向かい、次のように考えてしまっていた。

(お貴族様の度肝どぎもいてやりましょう)

 そして、最強の範囲魔法を頭の中で構築こうちくし始める。

 この時、私は祭司長に言われた、大事な教えを忘れていた。

 すっかり、都市の周辺住民や傭兵団の仲間たちと仲良くなっていたので、私が恐れられる存在になりうる事を、完全に失念しつねんしていたのだ。


 『可能な限り力を隠せ』


 この教えを破った私は、後で手痛いしっぺ返しを食らう。

『インフェルノ』

 トリガーとなる魔法名をとなえる。あまりにも効果範囲が広すぎるため、実験をした事がない。

 この魔法は、ファイアーストームの魔法を応用して、効果範囲を広げたものだ。

 三百メートル四方程度の範囲を、巨大な炎の竜巻たつまき縦横無尽じゅうおうむじんめぐり、魔物を森ごと焼き尽くす。

「なっ……」

 絶句するお貴族様。スカッとした。

 それから私は、団長の指示でくずれそうな前線におもむき、インフェルノを連発する。

 調子ちょうしに乗った私は、周りからの恐怖するような視線に、この時、ほとんど気づいていなかった。