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先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~

第51話 領主

 魔物の氾濫はんらんが発生してから、二か月ほどが過ぎたある日。

 私は、今、初めて入った貴族街の中にある領主館の謁見えっけんの間でひざまずき、黙って話を聞いている。

 あの氾濫はんらんの事を、激しい後悔こうかいと共に思い出しながら。

 魔物の氾濫はんらんそのものは、私の活躍かつやくもあって無事に撃退げきたいしていた。しかし、森のかなりの部分が消失してしまっていた。

 私もすぐに消火しょうかしていたため、大規模火災にこそなっていなかったが、それでも、森のかなりの部分が焼け野原になってしまっていた。

 その有様ありさまを目の前で見せつけられた傭兵や騎士たちは、私の事を、まるで化け物をみるような目つきで見ていた。

 私は、この時になって初めて祭司長の言いつけを破ってしまった事を理解し、激しく後悔こうかいした。

 ガルムの都市では私の所業しょぎょうがすぐに知れ渡るようになり、特徴的とくちょうてきな耳と相まって、「耳長みみながの悪魔」と呼ばれるようになった。

 私は都市を歩いていても、誰にも話しかけられないようになった。

 私はお貴族様以上の腫物はれもの扱いになっていた。

 この都市でまともに私と会話してくれるのは、団長とエルクとルースだけだ。

 大事な親友の二人がもしいなければ、私はとっくに世捨て人になり、そのまま里に隠居いんきょしてしまっていただろう。

 それでも、そろそろ里に帰ろうかと思い始めた頃。

 私の自宅前に立派な装飾そうしょくの馬車が止まった。

 そこから出てきたお貴族様は領主様の使いを名乗り、私にその場でひざまずくように命じた。

 そして、その口から伝えられたのは、領主様からの出頭命令だった。

 なかばヤケクソぎみになりながら素直すなおに従い、現在、謁見えっけんの間で官僚かんりょうらしきお貴族様のありがたいお話を聞いている。

 この先に領主様が座っているらしいのだが、下賤げせんな平民程度では顔を見る事も許されず、ずっと頭は下げたままだ。

 語られている内容を簡単にまとめると、『いんふぇるの』の魔法式を開示する代わりに、下級貴族にしてやるというものだった。

「平民が下級とは言え正式な貴族になるのは前代ぜんだい未聞みもんの事であり、ましてや、異民族を貴族にする等、本来はありえない事なので感謝するように」

 そのように言われて、説明をめくくられた。

 私にとっては全くありがたくもない、今回の魔物の氾濫はんらんにおける論功ろんこう行賞こうしょうも含めた「特別な褒美ほうび」をいただいた。

 直答じきとうをする事すら許されていなかったため、反論をする事もなく、黙って褒美ほうびとやらを受け取る。

 いんふぇるのの魔法は魔力をかなり大量に消費するため、おそらくは、ヒム族の魔術師程度であれば、まともに起動すらできないだろうという事を黙っていたのは、せめてもの抵抗だった。

 下手へたをすると起動途中で完全な魔力切れを起こしてしまい、命を落とす可能性すらあると思っていたが、それで処罰されるような事があったとしても、まあいいかぐらいに考えてしまっていた。

拷問ごうもんされて、無理やり魔法式を聞き出されるよりはマシですか)

 そのようにぼんやりと考えていた。

 下級貴族になったので、村を一つ領地としてくれるらしい。

 ガイン村というところで、ガルムの都市の北西部に三日ほど歩いた位置にあるようだ。

(それなら里の方向にも近いので、ちょくちょく里帰りできそうですね)

 これだけがありがたい点というか、救いだった。

 そして、私は、ヒデオ・ウル・ガインという名前の下級貴族になった。

 この「ウル」というのは英語で言うところの「of」のようなもので、ガインのヒデオさんという意味になる。

 これはしばらく後になってから分かった事になるのだが、このガイン村は、他の下級貴族が統治する村と比較するとかなり小さな村で、元々は、ガルムの都市の領主様の直轄地ちょっかつちになっていたらしい。

 なりたくもないお貴族様になった私だったが、居心地いごこちの悪くなったこの都市から逃げるようにして、自分の領地へと向かった。

 ガイン村は、特にこれといった特産品もない小さな村で、畑が広がる長閑のどかな村だった。

 さすがにガルムの都市の貴族街のような内壁こそなかったが、それでも、中央には村の規模からすると無駄むだに広い代官だいかん屋敷やしきが建っていた。

 あれが私の領主館になるらしい。

 ちなみにこのやかた、入った時には無人だった。

 本来であれば、お手伝いをするメイドさんや業務を手伝う官僚かんりょうがいたらしいのだが、私には必要ないので気にしない。

 どうやら、平民上がりの異民族の半端はんぱ貴族きぞくに使える等ゴメンだ、という事らしい。みんな逃げてしまったようだ。

 特に新しい人生の目標もなかった私は、そのままこの村の領主を務める事になる。

 せめてもの意趣返いしゅがえしに、少しでも村を発展させてやろうと思いながら。