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先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~

第55話 二代目領主エルク

 それから五年ほどが経過した頃。

 三十五歳になっていたエルクに家督かとくを譲り、領主を引退した。私は相談役となり、領主の業務の大半はエルクが引き継いでくれていた。

 今年で九歳になっていたエストは、今、領民と共に学校で勉強している。

 私もエルク夫婦も平民上がりであるため、特に気にしていないのだが、一般的には、貴族と平民が一緒に机を並べて勉強するのはありえないのだそうだ。

 ルースの産んだ第二子は女の子で、やはり、ルースによく似たかわいい顔をしている。

 メイと名付けられ、今四歳のかわいいさかりだ。この子はなぜか魔道具に興味があるようで、将来が楽しみだ。

 メイはあまり里の事に興味がなさそうだったが、エストのペンダントをとてもうらやましがったので、以下のように説明して説得していた。

「今度の里帰りの時にひいおばあ様にお願いして作ってもらいますので、それまで我慢がまんしてもらえませんか?」

 その説明でようやくメイが機嫌きげんを直してくれたので、私は胸をで下ろした。

 この村に来れば無料で読み書き計算が習えるといううわさを聞きつけたようで、住民が少し増えていたのだが、農民用の畑の開墾かいこんがそれほどできていないため、あまり増えてはいない。

 私は領民に無駄むだに重い労役ろうえきを課さなかったためだが、税が安くて暮らしやすいという評判にはなっていたようだ。

 この五年で増えた住人で、最も特筆とくひつすべきは鍛冶屋だろう。

(魔道具制作のための鉄製品を、いちいちガルムの都市まで発注して輸送していたのでは、効率が悪いですよね)

 そのように考え、工房でかせいだ金を利用して鍛冶屋の施設ごと屋敷やしきを建設し、ガルムの都市で募集をかけて来てもらっていた。

 この村の唯一ゆいいつの鍛冶屋では、私の発注品の他にも農具の販売やメンテナンスも手掛けてくれており、村の生産性が少し向上したように感じている。

 ちなみに、ガルムの都市での悪評あくひょうが広まってしまってから領主として就任しゅうにんしていたため、気分きぶん転換てんかんに狩りに出かけた時は、遠慮えんりょなく魔法をぶっ放すようになっていた。

 里にいた時のように、空を飛んでいる鳥を魔法で叩き落す事もある。

 領主になってから十年が経過した今では、村人ともそれなりにしたしくなっていて、私が狩りに出かけるとめったに食べられない鳥肉が食えるという事で、私からのいわゆる「先代様のお裾分すそわけ」が、ひそかな楽しみになっているようだ。

(鳥肉と言えばからげですよね? がすこんろも作りましたし)

 そのような安直あんちょくな発想のもと、からげの再現を目指したのだが、これが思っていた以上にかなり苦労した。

 片栗かたくりにあたるようなものがなかったため、いもからデンプンを抽出するところから始めなくてはならなかった。

 ちなみに、厳密げんみつな意味での片栗かたくりは、カタクリの花の球根から作る。ただ、成分的にはデンプンになるため、いもから抽出したものでも問題ない。

 試行しこう錯誤さくごてようやく完成にぎつけていたしおからげなのだが、やはり、和風の料理が増えてくると、米と醤油しょうゆが欲しくなってしまう。

 米については、以下のように考えて、傭兵時代にかなり頑張がんばって探していた。

(サトウキビの栽培ができるほど温暖おんだんな地域であれば、水田くらいはあるはずです)

 しかし、どうやっても見つける事ができなかった。

 考えてみれば、前世での南ヨーロッパやアフリカ大陸の北部のような温暖おんだんな地域であっても、大規模な稲作いなさくはしていなかったように記憶している。

 もしかすると、気温的な要因以外にも必要な条件があるのかもしれないが、あいにくと私はそのあたりの知識を持ち合わせていないので、判断ができない。

(せめて、野生の原種のいねでも見つかれば、百年かけてでも品種改良しますのに)

 そのように考えているのだが、未だに、これはというものを発見できていない。

 醤油しょうゆについては、実のところ、開発に目途めどがついていた。

 味噌みそを作る時に水分を多めにすると、上澄うわずみ液が入手できる。これは、味噌みそたまりと呼ばれていて、醤油しょうゆの原型になったという説もあるものだ。

 しかし、一般的な醤油しょうゆとは風味や味が異なっており、私はこれを、どうしても醤油しょうゆとして認められなかった。

 だが、答えは意外と身近にひそんでいた。むぎこうじがそのヒントになったのだ。

 私は知らなかった事なのだが、現代の醤油しょうゆ大豆だいずだけでなく、小麦も混ぜて発酵はっこうさせて作っている。

 そして、味噌みそを作る場合、本来であればこめこうじを利用するのだが、この国では米が手に入らない。そこで、麦を使ったこうじを利用している。

 自家製の味噌みそを仕込む時、手元を誤ってこのむぎこうじを大量に入れてしまっていた事があった。

 本当になんとなくではあったのだが、これをそのまま仕込んで味を確認する事にしてみると、いままでの味噌みそたまりよりもかなり醤油しょうゆに近くなっているように感じたのだ。

 実際、きん山寺ざんじ味噌みそとして知られているむぎ味噌みそでは、その底にたまっていた液体こそが醤油しょうゆの原型だとする説もあるそうだ。

 この発見から、醤油しょうゆ作りには麦も必要だと気づけたため、今ではいろいろと配合比率等を変えながら実験を繰り返し、改良をしている最中だ。

 いつかは、醤油蔵しょうゆぐらも作ってこの地の特産品の一つにしたいと、ちょっとした野望をいだいている。

 ちなみに、からげには大量の食用油が必要になるため、家族には次のように説明している。

「これこそが、お貴族様だけが食べられる、お貴族様の料理ですよ」

 まあ、うそは言っていないと思う。他のお貴族様が食べていないだけで、価格の関係で、我が家のお貴族様限定の料理になっているのだから。

 ちなみに、他には、みきさーの魔道具の利用方法として開発した、みーとすぱげってぃやはんばーぐも、我が家の人気料理になっている。