先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~
第68話 エストのお嫁さん
十八歳になったエストは、今、領主の執務室に全員集合した家族の前で、家長のエルクに向けて自分の恋人を紹介している。
「お父様、紹介します。こちらが私の恋人のローズです」
それを受けたローズさんは、かなり恐縮した様子で語り始めた。
「私はローズと申します。しがない商人の娘なのですが、恐れ多くも、エスト様とお付き合いさせていただいております……」
流暢な敬語でローズさんは自己紹介をする。この村の教育レベルは高いため、いつぞやの傭兵さんのようにかんだりはしていない。
ローズさんは、この王国でも珍しい赤髪をショートヘアにした、少し活発そうな素敵な女性だ。
ただ、お貴族様の跡取り息子の恋人という立場にとても申し訳なさそうにしていて、最後は小声になりながら自己紹介をしていた。
「お兄様、私というものがありながら、いったい、いつの間に……」
メイが絶句している。
理想の殿方育成計画があるため、ブラコンは治療されたと思っていたのだが、どうやら不治の病だったようだ。
もう十三歳になるメイなのだが、まだ、これはという殿方が見つかっていないらしく、例の計画は発動していない。
話がややこしくなりそうなので、家族は全員、メイを無視して話を続ける。
「お父様、私はローズと結婚したいと思っています。婚約の許可をください」
その言葉を聞いたローズさんはものすごく恐縮した様子になり、縮こまってしまって語り始めた。
「あの、その、領主様……。私はただの村娘なので、私ごときが将来の領主様の奥方様になれるとは思っていません。ですので、できれば、エスト様をあまり叱らないようにしていただけないでしょうか……」
弁明するローズさんを見たエルクは、微笑みを浮かべて、優しい口調になって語り始めた。
「ローズさん、私があなたに聞きたい事は二つだけです。最初の質問なのですが、あなたはエストの事が好きですか?」
「はい……。エスト様は強いのに、とても優しい方ですから。ただ、身分が……」
少し頬を染めながら俯いて語るローズさんを見たエルクは、さらに優しくなった微笑みを浮かべながら質問を続ける。
「では、次の質問です。ローズさん、あなたは私たちのエストと、心から結婚したいと思っていますか? 身分などは考えずに、正直に心の内を聞かせてください」
「はい……。身の程知らずにも、そう思っています……」
その返答を聞いたエルクは、一つ頷き、きっぱりと言い切った。
「では、何の問題もありません」
エルクはエストとローズさんを真っすぐに見つめ、少し居住まいを正してから、一人の父親としてではなく、領主として二人に婚約の許可を出した。
「領主として、二人の婚約を許可する。おめでとう。エストと二人で、幸せな家庭を築きなさい。できれば、早めに初孫を見せてくれるとさらに嬉しい」
その様子を見たルースは、手を口に当ててクスクスと笑いながら語り掛ける。
「あなたは相変わらず気が早いですね。エストが生まれた時もそうでした。でも、私も孫の顔が見たいわ。エスト、ローズさん。私も二人を祝福します。ご婚約おめでとう」
悩むそぶりも見せず、あっさりと婚約の許可を出したエルクやルースを見たローズさんは、とても驚いたような、あるいは、困惑したような顔になり、確認を取り始めた。
「あの、とても嬉しいのですが、そんなにあっさりと許可していただいて、本当によろしいのですか?」
エルクは私の方へ視線を向け、家族を代表して返答する。
「そこにいる、ガイン家の初代様によると、我が家は自由恋愛が家訓らしいぞ? だから、本当に何の問題もない。心から愛しあえるもの同士であれば、反対する理由がない。それに我が家の家族は、全員、他の貴族たちが嫌いだしな」
そこまで語ったエルクはハッとしたような表情になり、エストに少し早口で語り掛ける。
「そうだ、エスト。ローズさんのご実家はどこだ? こうしてはおれん。母さん、早速、ローズさんのご両親に挨拶に行くぞ!」
その様子を見たルースは少し呆れた顔になり、エルクを止める。
「あなた、だから気が早いと言われるのですよ? いくらなんでも、領主様がいきなり押しかけたらご迷惑でしょう。まずはローズさんのご両親に伺って、都合のいい日を教えていただきませんと」
ここで、ルースはエストに顔を向け、確認を始めた。
「ところで、エスト。ローズさんのご両親には、もう結婚の許可はいただいているのですよね?」
エストは、少し渋い顔になりながら返答する。
「それが、お母様。ローズのご両親には、ローズさんをくださいと既にお願いはしているのです。ただ、私と結婚できると、どうしても信じていただけなくて。私の家族なら反対しないと、かなり説得を続けたのですが。それでも、領主様の許可が下りるならと言っていただけたので、これからローズと二人で婚約の報告に伺おうかと」
確認して良かったですわと頷いてから、ルースがエルクを叱りつける。
「それ見た事ですか。あなた、慌てて押しかけなくて、本当に良かったですね?」
メイを除いた家族全員に、優しい笑いが巻き起こる。
ちなみに、メイはずっと硬直したままだ。
大好きなお兄様がお嫁さんに取られるとでも思っているのかもしれないが、さすがに、反対するような事は口走っていない。
お兄様のためを思って黙っていると、信じる事にする。
決して、脳が処理能力の限界を超えてオーバーヒートしただけだとは、思わないようにする。
その後の会話で判明した事だが、ローズさんはエストの一つ年上で、現在十九歳らしい。
(たしか日本の古い格言で、年上の女房は金の草鞋を履いてでも探せ、というものがありましたね)
エストの大金星に、私はとても嬉しくなる。
それから一年の婚約期間の後、十九歳になったエストと二十歳になったローズさんは、つつがなく結婚した。