先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~
第142話 エストの横顔
私の名前はエスト。エスト・ウル・ガインです。
かつてはガイン自由都市の領主をしていましたが、もうとっくに息子にその席を譲り、今は隠居の身です。
私は今年で七十歳になり、その誕生日を家族が盛大に祝ってくれました。
この国でのヒム族の寿命を考えれば、もういつ天へと旅立ってもおかしくはない年でしょう。
そんな私の唯一の心残りが、私のおじい様です。
おじい様は不老の種族であるアルク族の先祖返りでして、今年で百三十歳になったはずです。
私とおじい様の間に血縁関係はありませんが、私たちガイン家のものたちはおじい様が大好きで、心から尊敬しています。
そして、おじい様も実の子供以上に、我々を愛してくださっています。
それはとてもありがたいのですが、その愛情深さ故に、我々子孫たちを見送り続けなければならない立場のおじい様のことが、とても心配になります。
かつて、私のお母様は言いました。
「血の繋がらないはずの孫たちでさえ、あなたはとても愛しているものね。これでは、いつか、エストやメイが旅立った時がとても心配になるぐらいよ?」
そんなお母様の懸念は、見事に的中してしまいました。
四年前にメイが寿命で天へと帰って行った時、おじい様の落胆ぶりは、それはそれはひどいものでした。
「あ……。ああ。ああああああああああああ!!」
メイが亡くなった時、おじい様はそんな叫び声を上げながら、目を両手で塞ぎ、崩れ落ちていました。
そして、目をきつく閉じたまま、両耳を塞いでうずくまっていました。
私には、その姿が、これ以上この世に留まりたくない、もう天上の神々の世界へと帰りたいと言っているように感じられまして、とても恐怖しました。
その後、部屋へ閉じこもったおじい様は、丸二日の間、食事もとらず、水さえも口にせず、ただただ、ぼうっと天井を見つめていました。
私はネリアとシゲルを自室へと呼び出し、今後の対応を協議しました。
この二人にだけは、おじい様が神の御使いであることを説明しています。
そのため、おじい様がこの地になくてはならない存在であることを、一番、理解してくれているはずなのです。
正確に言えば、シゲルがその子供たちのカズシゲとリズにも教えているはずですが、まだ若いのでこの場には呼んでいません。
重苦しい雰囲気の中、最初に口を開いたのは娘のネリアでした。
「お父様、曾祖父様は、神々の世界へと帰りたがっているのでしょうか?」
シゲルが溜め息を吐きながら、その次に発言します。
「私も人の親になりましたから、ひいおじい様の気持ちも分かるつもりです。ひいおじい様は、叔母さんが生まれた時からずっと、おばあ様たちと一緒になって子育てに参加していたのでしょう? でしたら、それはもう、実子となんら変わらないですからね……」
私たち親子は、三人そろって大きな溜め息を吐き出しました。
俯いたままの状態で、ボソボソと小さな声で、ネリアが呟きました。
「もしかすると、曾祖父様にとっては、このまま天上の神々の世界へと帰られたほうが幸せなのかもしれません。ですが、それでは……」
私はそれに大きく頷き、その続きを語ります。
「ええ。それでは、おじい様の頭の中にしか存在しない、地上の楽園の計画が頓挫してしまいます」
私は子供二人を見渡し、決意を表明します。
「おじい様には立ち直っていただきます。立ち直っていただかなくてはなりません。おじい様にとっては酷な話でしょうが、それでも、我々、いえ、この地に住む全ての平民にとって、おじい様は失ってはならない存在です」
そんな私の言葉に、シゲルは大きく頷いて同意してくれます。
「私もその通りだと思います。思うのですが、具体的にはどうすれば……?」
私はシゲルを見つめ、その役目を請け負うことを伝えます。
「それについては、私に考えがあります。私に任せてはもらえませんか?」
それから、私は二人にその方法を伝え、細かい点を修正してもらってから、おじい様の元へと向かいました。
おじい様の部屋に入って様子を窺うと、すっかりと窶れてしまっていて、とても儚げに見えてしまいました。
私は思わず、ぶるっと震えます。
おじい様は、本気で、この地上からいなくなろうとしている。
そんな風に思えましたので、私は気合を入れなおし、おじい様の説得へと向かいます。
メイと笑顔で再会したくはありませんか?
そのように伝え、何とかおじい様の意識を地上へと繋ぎ止めます。
メイへの愛情を利用するようで、とても申し訳ないのですが、それでも、それ以外におじい様の心に響かせる言葉が思いつきませんでしたので、やむを得ません。
目に光が戻り始めたおじい様に、私は畳みかけます。
平民たちに対する責任を果たしてください。
私は、もう必死になって、おじい様に訴えかけました。
そして、私は自分が長生きすることの交換条件として、笑顔で見送ってくださいと、とても残酷なお願いをしてしまいます。
その上、子孫たちを見送る時にも、笑顔でお願いしますとも。
私はとてもひどい人なのでしょう。
義理堅いおじい様のことです。
私がこのようなお願いをしてしまえば、おじい様はこれから先、子孫を見送るたびに泣けなくなってしまうに違いありません。
それが分かっていながら、私はエゴを押し付けました。
この地に楽園を築いてもらうため、そのためだけに、おじい様にとてつもない負担を強いています。
私のこのお願いは、やがて呪いとなって、おじい様を縛ってしまうでしょう。
いつか、遠い未来、神々の世界でおじい様と再会した時、私はおじい様に平謝りする覚悟です。