先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~
第144話 れんず
エストを笑顔で見送ることに成功してから、一年ほどが経過した頃。
ようやく、ガイン自由都市を囲う街壁が完成していた。
レオンさんが建設を提案してから実に二十一年の歳月を必要とした、一大プロジェクトが完了した。
発案者のレオンさんは既に五十九歳になっており、その完成を見届けたタイミングで職を辞し、隠居生活を始めた。
また、この頃になると、カズシゲも二十三歳になっており、ミリアさんという女性を妻として娶った。
ミリアさんは少しおとなしい感じの女性で、活動的なカズシゲととてもお似合いの知的な女性だ。
ただ、このことで妹のリズが拗ねてしまい、しばらくはお嫁さんに焼きもちを焼いてしまっていた。
お兄ちゃん子のリズには悪いが、リズも既に二十歳になっているため、そろそろ、お婿さんを探して欲しいと思っている。
そして、この頃になると、ダイガクで教えている内容が非常に高度であると噂が広まっていた。
「ガイン公立ダイガクでは、お貴族様でも知らないような内容を教えてくれるらしいぞ?」
そのような評判になっていた。
貴族たちは、そんな馬鹿なと、一笑に付していたが、それが事実であることを知っている私は、肯定も否定もせず、ただ曖昧に微笑んで誤魔化していた。
私は学長としていろいろと忙しく働いており、そんな最中、レンズの研究者を探してみようと思い立った。
物理学部で屈折の法則は教えているため、レンズについての基礎知識は既にある。これを利用すれば、顕微鏡が作れるのではないかと思いついたのだ。
もし、顕微鏡が作れたとすると、病原菌も見えるようになるため、効果的な薬の開発も容易になるのではないかと考えられる。
ただ、レンズの焦点距離などは曲率半径と呼ばれるものから求められるのだが、残念ながら、その細かい公式を忘れてしまっている。
よって、試行錯誤が必要になってくると考えられるため、専門の研究者を募集して研究してもらうことにした。
このような経緯で採用した研究者は、ルルさんという小人族の女性だった。
外見は十歳を少し上回る程度にしか見えないが、立派な成人女性である。黒髪をショートにした、少しボーイッシュな素敵な女性である。
彼女を採用したのは、実家がガラス細工工房を経営しており、ガラス加工の技術を最初から持っており、手先が器用だったためである。
ルルさんが、独特の語尾を使って質問してくる。
「学長先生、まずは何から始めるッスか?」
「とりあえず、私が自作した研磨機の改良からですかね」
モーターの魔道具を使い、酸化鉄を研磨剤に使って自作した、簡単な研磨機の改良からお願いする。
現代の地球では、酸化セリウムという物質が研磨剤として主に利用されているのだが、私はそれを鉱物の状態で見分けることができない。
そのため、大昔から利用されていた酸化鉄を用いたものを用意していた。
「私にとって、ガラス細工は専門外になりますので、この研磨機は適当に作ってしまったものになります。これの形状や回転速度など、思いついた改良点を教えてください」
ルルさんはフンフンと、頷きながら聞いてくれている。私は続けて、改良の注意点を述べる。
「形状は扱いやすいように好きに変更してもらって構いませんが、回転速度など、魔法式の変更が必要な部分については、私に相談してくださいね」
「了解ッス」
そうやって、顕微鏡の研究を任せた。
また、小さなものを拡大して見せるという意味において、望遠鏡も同じ原理になってくるため、その開発も同時に依頼しておいた。
これは少し先の話になる。
ルルさんは、私の期待に応え、十年がかりでケンビキョウとボウエンキョウの開発を成功させた。
ケンビキョウを使えば、肉眼では見えなかった後期古代魔法文明時代の魔道具の魔法式が見えるかもしれないと気づいた貴族がいたようで、王族が欲しがっているという噂が広まっていた。
しかし、私やガイン自由都市の住民たちは、完全に無視を決め込んでいた。
再び戦火を交えることになるかもと考える人もいたが、ガイン自由都市軍の精強さが既に平民たちの間で広く知られるようになっていたため、心配するものは誰もいなかった。
戦争がしたかったらいつでもどうぞ、というスタンスで、みんな待ち構えていた。
結局のところ、戦争は起こらず、どうやらガイン自由都市の販売店から、平民を使って購入したらしいという噂が広まっていくのであった。