先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~
第149話 来訪
フィーナとティータが相次いで誕生してから、一年ほどが経過した頃。
執務室で領主のシゲルの隣という、ちょっと恐縮してしまいそうな私専用にと用意されている机の前に座り、いつもの領主業務を手伝っていた時。
カズシゲが、妙にニヤついた顔で私を訪ねてきた。
「大おじい様に、大切なお客様がいらしてますよ」
「え? 今日の予定に、来客はなかったと思うのですが……」
私が困惑しながらそう述べると、カズシゲは、さらにニヤニヤとしながら私にヒントを与える。
「大おじい様が、度々、島アルクの里へと出かけておられたのは、こういう理由だったのですね……。大おじい様も隅に置けませんね」
そのヒントで、ある人物がピンと浮かんだ。
「まさか……」
応接室へと少し急ぎ足で向かい、扉を開けた私を待っていたのは、予想した通りの人だった。
「クリスさん!」
私の顔を見たクリスさんは、満面の笑みを浮かべながら私の胸へと飛び込んできた。
「ヒデオ様! 私、待ちきれなくなって、来てしまいました!!」
私は彼女を優しく抱きとめながら、心配に思っていた点を聞いてみる。
「島の里からここまで、かなりの距離があったでしょう? 道はどうやって知ったのですか? いえ、それ以前に、路銀はどうしたのです?」
クリスさんは、幸せそうに私の胸に収まりながら、その真相を語ってくれる。
「この国の方々に道を尋ねたのです。そうすると、あなたは初代様とどういうご関係ですか? と、聞かれましたので、いずれヒデオ様の妻になるものですとお伝えしたのです。そうすると、みなさん私の耳を見て納得した様子で、とても親切にしていただきました。ヒデオ様は、この国の民にとても慕われておいでなのですね」
この話の間、ずっと私にしがみついているクリスさんの、その甘い香りにクラクラしっぱなしであったが、何とか理性を保って対応を続ける。
私たちのそのようなやりとりを、ずっとニヤニヤと見ていたカズシゲだったのだが、一言だけ断りを入れて退室していった。
「ごゆっくり……」
室内にクリスさんと二人だけになると、やがて彼女は、まるで私を逃がさないとでも言わんばかりに両腕で私をがっちりと固定した状態になり、顔だけをこちらに向けて視線を合わせ、三度目となる求婚を始めた。
「ヒデオ様、私、もう待ちきれません。当面は通いで構いませんから、式だけ挙げて、私を妻にしてください」
私は真っすぐに彼女を見つめなおし、ずっと先延ばしにしていた結論を語り掛ける。
「クリスさん……。実は、私も、あなたにプロポーズしようとしたことが何度もありました」
「では、ヒデオ様!」
「でも、私にはどうしても、それができなかったのです。それがなぜなのか、ずっと分からなかったのですが、最近になって、ようやくその理由が判明しました」
彼女を見つめたまま、深呼吸をして、クリスさんにとって残酷な事実を口にする。
「私は、どうやら、他の女性に懸想しているようなのです」
それまでは甘ったるい気配のしていたクリスさんが、とたんに顔を青ざめさせる。
「そ、そんなっ……。誰なのです? 私のヒデオ様の心を横からかすめ取った泥棒猫は、いったい、どこのどなたなのですか!?」
「私の里の祭司長様です」
クリスさんがヘナヘナと崩れ落ちる。しかし、それでも私を離したくないのか、ずっと両腕は私の背中で結ばれたままだ。
私は、それに引きずられるようにしながら彼女を支え、両膝立ちになった。
「そんな……。それでは、その憎い女の寿命が尽きるまで待つという、最終手段も取れないではありませんか……」
クリスさんは、未だに私の胸に顔をうずめながら、ブルブルと震えている。
彼女を泣かせる結果になるのはとても申し訳ないのだが、それでも、自分の気持ちに嘘はつけない。
しばらくそのままの状態が続いたのだが、やがて、少し掠れたような声で、クリスさんが確認を取り始めた。
「では、もう求婚なさったのですね?」
「いえ、まだです。と、言いますか、しても無駄でしょうね……」
私が思わず自嘲気味になりながらそう応じると、クリスさんは急に活力が湧いた様子でガバッと顔を上げ、私を問い詰める。
「それは、なぜですか?」
「おそらく、祭司長様は、私を異性としては見てくれないだろうからです」
私がそう簡潔に理由を説明すると、彼女は獲物を追跡する獰猛な鷹の目になりながら、私をさらに問い詰める。
「どういうことですか?」
「私を育ててくれたのは、もちろん、里のみんなですが、一番、身近で世話をしてくれたのが、他ならぬ祭司長様だからです。ですから、彼女は、私を息子としては愛してくれるでしょう。ですが、夫として意識してもらえるとは、どうしても思えないのです」
私がそう言うと、クリスさんは決意を秘めた顔になり、ある宣言を始めた。
「では、私にもまだまだ可能性がありますね。ヒデオ様。私は、必ずあなた様を篭絡して見せます。覚悟してくださいね」
どこまでも前向きな彼女の姿に、その強さに、私の胸がトクンと跳ねた。
「もしかすると、あなたに篭絡されてしまうのが、誰にとっても幸せな結末なのかもしれませんね」
「そうですよ」
そこまで語り合うと、彼女はますます私に密着してゆき、その顔を至近距離で見せつけるようにしながら、だんだんと妖艶な気配を纏い始める。
ちなみに、この間、ずっとクリスさんは私にしがみついたままである。
私は、再び、頭がクラクラしてきた。
顔と頭がとても熱い。あ、これはダメなパターンだ。
「ク、クリスさん?」
「なんでしょう?」
「私も、一応、健康な男性ですから、ずっとこの体勢というのは、か、かなり、ま、まずいと、い、い、いいます……、か……」
私が動揺しまくりながらそう伝えると、彼女はフフッと短く笑い、さらにその色気を増幅させていく。
両膝立ちの私に、シナを作るようにしてしなだれかかる。
「私を押し倒したくなりますか? 何一つ、我慢する必要はありませんよ……?」
クリスさんは余裕の表情で、ウフフと笑いかける。
その色香に完全に当てられてしまった私は、最早、ぼうっとしてきた頭で、彼女を熱い視線で見つめ始める。
思わずゴクリと喉が鳴る。
吐息でさえも、熱を帯びてゆく。
その変化を、彼女は敏感に感じ取ったようで、どんどんと色っぽさを増してゆき、私をさらに追い詰めていく。
私の左頬を、右手で優しく撫でつけながら、体をますます押し付けてくる。
「私の心の準備は、とっくにできております。さあ、私と子をなしましょう。あなた様の心に巣くった悪い女の影を、私が完全に消し去って見せます」
そう言って、ほんのりと色づいた顔を見せつけるように、私の顔を優しく両手で挟み込み、私の体との間に少しだけ隙間を開け、熱い視線と吐息を合わせてくる。
しかし、そのおかげで体が少し離れたため、恐ろしく強力な魅了の魔法が多少なりとも弱まり、私は慌てて体を引きはがした。
深呼吸を何度も繰り返し、心を落ち着かせる。
「あ、危なかったです。まさか、こうまで簡単に、篭絡されそうになってしまうとは……」
クリスさんの篭絡ミッションが秒単位でコンプリートしそうであった事実に、私は愕然とする。
そんな私の様子を、彼女は余裕の笑みで見つめながら、続きを語る。
「あら、残念。私も少し焦りすぎてしまい、詰めを誤りましたね。でも、急ぐ必要はどこにもありません。私の魅力は、十分以上にヒデオ様に通用すると判明しましたもの。これからは、じっくりと時間をかけて、骨抜きにして差し上げますね」
私は、あっという間にそうなりそうだなという感想を抱きながら、それに返答する。
「そういう未来も、いいのかもしれませんね……。私が言うのもおかしな話ですが、頑張ってください」
「ええ、もちろん。いつか必ず、私はヒデオ様の子供を産んで見せますわ」
非常に強い一面のある彼女であれば、強引にでも、望む未来を手繰り寄せる気がしてならない。
その様子を少し想像してみると、次のような感想が浮かんだ。
(それはそれで、とても幸せな未来ですね)
これは、もう、時の流れに身を任せるしかないなと、考えることを放棄した日だった。