先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~
第150話 初代様の婚約者
それからの私は、せっかく私の領地まで来たのだからと、クリスさんを連れてガイン自由都市を案内していた。
クリスさんにとってこれはデートになるらしく、とても喜んでくれていた。
いや。クリスさんだけでなく、周囲のみんなから見ても、これはデートにあたるようだ。
あの日からのクリスさんは、以前にも増して積極的になり、人目も憚らずにスキンシップを求めるようになっていた。
以前の私であれば、気恥ずかしくなってしまい、遠慮するようにお願いしたのかもしれない。
しかし、あの日から確かに、私は彼女に心惹かれ始めたようで、嫌な気はしていない。そのため、彼女の気のすむようにさせていた。
(しかし、これでは、バカップルに見えませんかね?)
そのような危惧を抱いていた程度である。
「私はいずれ、ヒデオ様の妻となります」
そんな私たちの仲睦まじい様子と、このようなクリスさんの自己紹介により、彼女はあっという間に、領民たちの間で「初代様の婚約者」という認識を固めてしまっていた。
もうすっかりと、私の外堀は埋め立てられているようだ。
心の内堀も、順調に埋め立てが進んでいると思う。
二人で仲良く観光名所などを回っていると、やがてお昼に差し掛かった。そのため、鶏肉料理がうまいと評判の店に昼食のために立ち寄った。
既に有名人となっているクリスさんと私の組み合わせでの登場に、一瞬だけ歓声が上がる。
しかし、ありがたいことに、みんな私たちの邪魔にならないようにと思ってくれているようで、無遠慮に近づいてくるものはいなかった。
ただ、興味はあるようで、ちらちらとこちらの様子を静かに窺っている。
しばらくすると、奥の厨房から料理人服に身を包んだ男性が注文を取りにやって来た。
「ご注文を伺います」
「その前に、あなたは料理長さんですか?」
「はい。噂の初代様の婚約者様がどのような方かとても気になりましたので、我儘を言って来させていただきました」
その言葉を聞いたクリスさんが、笑顔で料理長に語り掛ける。
「まあ……。では、実際の私を見てどうですか? ヒデオ様の妻にふさわしい女性に見えますでしょうか?」
料理長は大きく頷いて肯定する。
「ええ、もちろん。噂以上に素敵なご様子で、とてもお似合いのカップルですよ」
それを聞いたクリスさんは、可憐な花の様に微笑み、ついでとばかりに私の退路をどんどんと塞いでいく。
「ありがとうございます。私はすぐにでも式を挙げたいのですが、ヒデオ様が了承してくださらないのです。あなたからも、ヒデオ様の背中を押していただけませんか?」
「そうなのですか? 美男美女の組み合わせで、とても華やかな結婚式になりそうです。私もお二人の結婚衣装をぜひとも拝見したいので、早めに結婚していただけませんか?」
外堀をしっかりと埋め立てた上で、舗装された道路まで作り上げていくその入念さに、私は内心で舌を巻いていた。
私は苦笑しながら返答する。
「でも、私が結婚してしまいますと、この領地を出ることになりますよ?」
「そうなのですか?」
「ええ……。クリスさんは島アルクの里の祭司長様で、冠婚葬祭の儀式の一切を執り行っています。島の生活になくてはならない人ですから、私は婿として、島の里へ向かうことになります」
私がそのように説明を加えると、料理長は顎に手を当て、考え込み始めた。
「ううむ……。お二人の結婚衣装は見てみたいですが、初代様を取り上げられてしまうと、この国の平民全員が困ってしまいますな……」
そのような会話を微笑みながら聞いていたクリスさんは、さらに退路がなくなるように畳みかけてくる。
「あら? 私は理解のある女ですから、夫が仕事のために家を空けるのは別に構いませんよ? お仕事が忙しいようでしたら、通いでの結婚生活も許可しますし……」
それを聞いた料理長はぱっと笑顔になり、私に結婚を勧め始める。
「それはいい案ですな! 初代様、このように一途に思ってくださる女性とは、なかなか巡り合えませんよ。逃げられないうちに、さっさと身を固めてしまいましょう!」
(逃げられなくなったのは、むしろ私の方ではないですかね?)
そのように思ったのだが、口には出さないでおいた。
私は苦笑しながら、なんとか思いついた言い訳を述べる。
「私は、そんな不誠実な形での結婚はしたくありませんので」
これは、もう、クリスさんと結婚するかしないかではなく、いつ了承せざるを得なくなるかの問題ではないかと、強く感じた日の出来事であった。