先祖返りの町作り ~無限の寿命と新文明~
第153話 原油
それから、三年ほどの月日が流れ去った頃。
少し前にシゲルが旅立っていた。
私はエストとの約束を守り、笑顔で見送ることに成功していたのだが、家族たちはなぜか、そんな私の様子を見て余計に涙を流していた。
涙を流せない私の代わりに泣いてくれるその姿がとてもありがたくて、私は黙って、家族たちに頭を下げ続けていた。
そして、それからしばらくすると、まるで夫の後を追うようにして、クレアさんも静かに息を引き取った。
相次いでひ孫夫婦を二人とも亡くしてしまったため、私の胸に、ぽっかりと穴が開いたような寂しさを感じていた。
しかし、エストが望んだ通り、空元気でもいいからと自分を奮い立たせ、なんとか日常業務を執り行っていたのだが、胸のこの寂寥感だけは、なかなか消えてくれなかった。
(こんなことでは、エストの巨大な愛情に報いることができませんね)
私はそのように考え、せめて気分転換をしようと、昼食をとるために外食に出かけることにした。
どうせ気分転換をするのであればと、ガイン自由都市で評判になっている高級料理店に入ってみた。
この店は高級店であるため、料金がそれなりに高額になっているのだが、この都市の平民であれば、たまの贅沢として利用できる程度の良心的な価格設定がなされていた。
こういう店であれば、通常は個室が用意されているのだが、この店では全席自由席のオープンスペースになっており、こういった面でもコストカットを図っていて、その分、価格に反映されているのだろう。
それらの配慮のため、記念日などに利用される特別な店として、とても繁盛しているようだ。
一人で入店した私は、平民にとっては珍しい牛肉を使ったフルコースを注文し、静かに料理を待っていた。
そうすると、隣の席の会話が自然と耳に入ってきた。
「ねえ、あなた。セネブ村の黒い水のことは知っている?」
「なんだい、それは?」
「なんでも、セネブ村には、黒い水と言われている油が湧き出しているそうなのよ。その油は誰でも無料で使えるらしいのですけれども、とても臭いがきついので、お金に困った平民しか利用していないのですって」
私はその話を聞いた時、とても思い当たるものがピンと浮かんだ。
「すいません、ちょっとよろしいですか?」
気づくと、隣の席に話しかけてしまっていた。
「あら、初代様から話しかけてくださるなんて光栄ですわ。なんでしょうか?」
「その黒い水について、詳しく教えていただけませんか?」
「それは構いませんが、私も友人から聞いただけですので、そこまで詳しくは知りませんよ?」
そのようにして、話の詳細を聞き出した私は、善は急げとばかりに、その足でセネブ村へと向かった。
幸いなことに、割と近場にあったため、乗合馬車を使えばその日のうちに到着することができた。
同じ乗合馬車から降りた村民が村長に連絡してくれたようで、しばらくすると、彼の方から訪ねて来てくれた。
「これは、これは、ガイン家の初代様。このような辺鄙な村にお越しくださり、とても光栄ですが、何用でしょうか?」
「この村で使われている黒い水について興味がありまして。私の想像している通りのものであれば、この村は大きく発展することになりますので、その湧き出ている場所まで案内していただけませんか?」
「あれに、そのような価値があるとは、とても思えないのですが……」
そう言いながら案内された場所を見て、私は感嘆の声を上げた。
「素晴らしいっ……! 間違いありません。これは『原油』です!!」
嬉しさのあまり思わず大声を上げてしまった私を、村長は怪訝な目で見ながら問いを発する。
「ゲンユですか?」
「ああ、これはすいません。ここからは遠い国の言葉では、そういう名称なのです。この黒い水の正式な名前がありましたら、ぜひとも教えていただけませんか?」
「私たちはこれを原油と呼んでいます」
私はこの国での、原油にあたる単語を知った。
ちなみに、原油とは、未精製の状態の石油のことである。
なおも怪訝な目で見ている村長に、私はこの原油の価格を聞く。
「すいません、この原油を樽に詰めて、ガイン自由都市のダイガクまで運びたいのですが、おいくらで売っていただけますか?」
「これは、みんな自由に使っているものですから、お金は必要ありませんよ?」
「それはいけません。この原油は、この村を……、いえ、この国を大いに富ませる原動力となりますので、きちんと価格設定をしておかなければ大損してしまいますよ?」
私はそのように説明を加え、ランプ用の油を参考にしてとりあえずの取引価格を設定した。
ただ、私では適正価格が判断できなかったため、後に正式に担当商人を決めて、変動相場制で取引することも合わせて約束した。
そうやって買い取った原油を、村人を雇って手ごろな樽に詰めてもらった。
その村人は、思わぬ臨時収入ができたと、とても喜んでくれていた。
ただ、その日はもう乗合馬車がなかったため、村長の家にお金を払って一泊させてもらい、翌日に馬車も合わせて手配して、きちんと対価を払って輸送してもらった。
「さあ、これからは、研究が忙しくなりそうです。落ち込んでいる暇なんて、全くありませんね!」
やるべきことを見つけた私は、今度こそ、元気を出して日々を送ることを決意したのであった。